最終話 月明かりの構成色。

 公共機関の電車を利用した時はとても気軽に街まで到着できた印象がしたが、しかし車での道のりは少々時間がかかるものだったようだ。

 私たちが有料アンドロイド充電スポットから柏木家のマンションへ帰宅した時には、リビングの時計はちょうど午前五時の時刻を示していた。

 朝日の方はすでにすっかり顔を出し切って、カーテンを開けた部屋の中を燦々と明るく照らしてくれている。

 さすがに車内での仮眠だけでは疲れが取れなかったようで、健司朗さまと恵美さまは改めて就寝をするべく寝室へ向かうことになった。

 暁美さまも一日の疲れが出てきたのか、いつもよりも少しだけ早い時間だが眠りに就くことになった。

 いつもだったら私もそろそろ充電に入るべく、充電椅子へ向かう頃合いだった。


(……あら? でも、そういえば、)


 そこで私ははたと気がついて、自分の身体の動きをピタリと止めてしまった。

 ……昨晩のことを、そして昨晩の出来事とその時の時刻を自分の中で照らし合わせて、よくよく思い出す。


 ……たしか私は、昨晩、あの充電スポットで。


「私……っ、『夜間』に充電が可能になっていたわ……っ!」


 私はその事実に気がついて、遅かれ驚愕してしまった。

 あの充電スポットに私が連れて行ってもらった時刻は不明だが、それでも充電が完了して目覚めた時刻は記憶している。

 あれはたしかに午前二時三十分のことだった。……まさに私がエラーを出してしまう時間帯の最中だ。

 昨晩は暁美さまのことで思考がいっぱいで、どうも気がつくのが遅れてしまった。

 私は途端に嬉しくなって、すぐに確認したくて自分の設定画面を胸の前に表示させた。


「……ああ、でも、自分の設定画面は自分で操作できないんだった……」


 うっかり気持ちが逸って、ついはしゃぎすぎてしまった。

 普段はあまり出ることもない独り言も、ついつい口をついて出てしまう有りさまだ。

 私は自分の浮かれ具合に反省をし、自分の胸の前に表示させてしまった設定画面をそっと閉じた。

 しかし、それでも自分のエラーが直ったことは正直嬉しく、気持ちが上り調子になってしまうのを止めることができなかった。

 充電時間を夜間に限定しなくても良くなったのだから、私はこれからいつでも動くことができる。

 特に今日などはまだまだバッテリーが残っているので、柏木家のお三方が起きてくる頃合いを見計らった食事の用意もできてしまうだろう。

 それは我ながらとても良い考えだと私は得意になって、意気揚々とキッチンへと向かおうとした。

 しかし。

 そんな私を引き止める声がして、……現実はそんなに甘くはないことを私はちゃんと思い出したのだった。

 私に声をかけたのは、それを知らせるために寝室からわざわざ出てきてくれた健司朗さまだった。


「ああ、ウィリー! ごめんよ、言い忘れていた。きみ、まだバッテリーは残っているとは思うけれど、いつも通り充電に入ってもらえるかい。あの時間に充電スポットできみが充電できたのは、あそこの店員さんが親切に協力してくれたからなんだ。それでも、今回は上手く偶然が重なったと店員さんは言っていたよ。あそこの急速充電でも、満充電にはできなかったらしい。とりあえず、また倒れてしまったら大変だから、いつも通りの時間設定で動いてくれるかい」


 健司朗さまの説明を聞き、私は少しだけ自分の楽観的な性格を恥ずかしく思った。

 製品購入時に初期設定としてある程度の性格を選べるらしいのだが、楽観的なんて項目はなかったと思う。

 こんな思考になりがちなのは、明らかに私が形成してしまった性格なのだろう。

 私は肩を落としたくなったが、なるべく表に出ないようにして健司朗さまへ了承の返事をした。

 だが、察しの良い健司朗さまは私の胸中を見抜いてしまったようで、仕方がないように笑いながら私の肩を優しく叩いた。


「す、すまないね、ぬか喜びをさせてしまったかな……。でも大丈夫、あの充電スポットで対応してくれた店員さんが、とても詳しい人でね。きみのエラーについてもいろいろと話を聞いてきたんだ。暁美も何か相談事があるみたいだし、今日また後で一緒に話をしよう」


 そう言って、健司朗さまはやわらかく笑ってつけ加えた。


「昨夜は暁美を助けてくれてありがとう、ウィリー。さっき少しだけだが、暁美から事情を聞いたよ。やっぱりきみが我が家に来てくれて……本当に良かった」


 それだけ言うと、健司朗さまはもう一度だけ私の肩を優しくポンポンと叩いてから、寝室へと戻られてしまった。


「おやすみなさいませ」私は遅れて健司朗さまの背に向かって腰を折る。

 健司朗さまはそれを目にして、扉の前で静かに手を振り返してくださった。

 寝室の扉が、ほんのかすかな音を立てて閉じられた。


 きらきらとした日光がレースカーテンに透けて輝いている。

 私はそれを一目確認して、キッチンへと向かおうとしていた足を回れ右させて、充電椅子のある納戸へと向かわせた。

 私が納戸を使うようになってから、納戸にある小さな窓に新しいカーテンが取りつけられるようになった。

 もともとカーテンは取りつけてあったのだが、柏木家いわく『あまり柄が綺麗じゃない』という理由で取り替えられることになったのだ。

 起動初日の頃に納戸に仕舞われていた様々な物も今やべつの場所へ移されて、随分と床面積に余裕が生まれている。

 さらには新品の、収納つきの机を設置してくれた。

 机の上には暁美さまからプレゼントとしていただいた、可愛らしい文具セットが置かれている。

 もとから取りつけられていたカーテンは、べつに劣化していたわけでもなかったので私は彼らのその行為が当時、どこか不思議に思っていたのだが。


(思えば、それも柏木家の方々なりの私への気遣いだったのかしら……)


 私はそれを思うと、先ほど自分が感じていた、落ち込んだり恥ずかしく思ったりしていた気分がふんわりと薄らいだような、そんな不思議な気分になった。


 ……私も、暁美さまと一緒に、頑張れますように。


 すっかり納戸に馴染んだ自分の充電椅子に腰かけ、私はそんなことを胸に抱きながら充電のスリープモードへと入ったのだった。



+++++



 眠りから目覚めた柏木家は、その日のうちに暁美さまの相談事についての話し合いが行われた。

 暁美さまはまず、ご自身の睡眠障害を治したいという気持ちを、しっかりと健司朗さまと恵美さまへ伝え、そして学校でいじめを受けていることも告白された。

 いじめについては健司朗さまも恵美さまも初耳だったようで、大変な衝撃を受けた様子だった。

 しばらく健司朗さまと恵美さまのお二人は、一人娘をいじめているという事実を知り、加害者にとても腹を立てておられたが、暁美さまがそれを宥めたため一旦は加害者への対処の話は据え置かれることになった。


「それよりも、お父さんとお母さんには協力してほしいことがあるの」


 暁美さまはまっすぐと、自身の両親へとそう切り出したのだ。

 暁美さまの申し出は、一度止めると言って通うのを放棄してしまった専門病院への通院を再開させてほしいというものだった。

 もちろん病院に通うには費用がかかる。それも専門病院なので、診療代が高額になる可能性もある。

 暁美さまにとっては、そこから出された薬代も随分と高額な印象だったようだ。

 暁美さまは、その専門病院への通院をもう一度行いたいと、頭を下げてお願いをしたのだった。

 健司朗さまと恵美さまは、一人娘の願いを悩む間もないくらいにすぐに頷いて了解の返事をしてくださった。


 そしてすぐにでも暁美さまは専門病院の担当医師の指示を仰ぎながら、昼夜逆転の生活を戻す治療と、そして訓練を行う運びとなった。

 その日から、暁美さまの本当の苦難の日々が始まった。

 専門病院と銘打っているとはいえ、病院が開いているのは日中が多かった。

 夜間に開いている曜日もあったが、医者の薦めもあり、暁美さまはなるべく日中の診療を受けるようにご自身で決められていた。

 受診はだいたい二週間ごと。その間に暁美さまは自身の起床時刻、就寝時刻、仮眠の時間を毎日記録して、自分の睡眠サイクルの管理を徹底なさった。

 起床訓練も、毎日欠かさず行った。

 内容の一つとしては、いきなり無理に時間をずらして起床時刻を定めるのではなく、少しずつ(たとえば十五分ずつなど)起床の時刻をずらしていって、日々目標の起床時刻へと近づけていくというものだった。

 だがそれもそう簡単に毎日上手くいくはずもなく、成功した日が続いていたかと思えば、次の日に失敗して目標時刻から一気に遠ざかってしまう日も少なくなかった。

 毎日暁美さまは自身の睡眠の質を上げるために摂取する栄養のことや、生活面も気を配って過ごす日々が続いた。


 そして診察と治療を進めていくうちに、暁美さまは一般の人よりも長く睡眠時間が必要な体質であるということも判明した。

 暁美さま自身が思っていたよりも、本来は多くの睡眠時間が必要だったために、今まで起床に大変な苦労が伴ったのではないかという一つの要因が発見されたのだ。

 それをもとに訓練の計画を立て直し、暁美さまはまた、日々大変真面目に自分の症状改善に努められた。

 私も、暁美さまのそばでできる限りの手伝いを行った。



 ……そして。

 私が暁美さまと初めてお出かけをしたあの日を含んだ年から、四回目の春がすぎようとしていた。


「おやすみなさい、ウィリー! また明日ね!」


 就寝前の挨拶をしてくれる暁美さまの表情は、とても明るいものになっていた。

 暁美さまは努力のかいがあって、症状をほぼ克服されていた。

 現在は午後の二十一時に就寝し、そして朝の七時に起床するという生活を送られている。

 志望校であった高校にも晴れて合格を果たし、今はご友人にも恵まれた大変充実した日々を送られているようだ。

 無事進学したことも手伝い、それまでいじめなどで抱えていたストレスも大幅に軽減されているらしい。

 暁美さまの場合、強いストレスからくる二次的な精神疾患の影響で、睡眠時間がどんどん長くなってしまったという要因もあったことがわかった。

 今も訓練自体は続いており、現在の暁美さまは平均よりも随分長くなってしまった必要睡眠時間を徐々に一般的な時間に近づける努力をなさっている。

 同時に次の春には大学受験を控えておられるので、暁美さまは合格へ向けて今まで以上に勉学に勤しんでいらっしゃるようだった。

 

 私は飲み終えられたココアのマグカップを片づけながら、少しだけ寂しい気持ちにもなっていた。

 暁美さまは日中に生活されるようになったので、今現在、『夜』の時間帯にこの家の中で動いているのは、私だけなのだ。

 ……じつは私も、あれから健司朗さまとともにエラーを直すための様々な試行錯誤を行ってきていた。

 かれこれ四年前に初めてお世話になった、あの有料アンドロイド充電スポットの店員が不可解なエラーを持つ私のことを気にしてくれていたらしく、どうにかエラーを直すことができないかと様々な助力をしてくれたのだ。

 しかしながら、私の方は暁美さまと真逆で、一向にエラーが直る気配が見られなかった。

 だから私は今でもこうして、夜の気配がするキッチンで一人動き回っている。

 アンドロイドのエラーを直すことに関しては、ことさらメインシステムに関わることについては、やはり製造元へと検査と修理に出すのが一番手っ取り早いとのことだが……、その方法がとんでもない高値で取引されることくらい、私でも知っている。

 充電スポットの店員の話によると、中でもルクルト・フレール社はその価格設定がとくに高いのだそうだ。

 なかなかエラーの直らない私を案じて、柏木家の皆さまは私を修理に出そうかと提案してくださったが、私は自分の修理のためだけに柏木家の家計を圧迫してしまうことだけは嫌だったので丁重にお断りした。

 もちろん気持ちは嬉しかったのだが、もうすぐ暁美さまの大学受験も、さらにその後には念願の大学生活だって控えている。

 柏木家が一人娘のために一生懸命貯めておられたお金を、こんなところで使わせるわけにもいかないと私は思ったのだ。

 私はシンクを流れる水を眺めながら、先日、充電スポットの店員に言われた言葉を思い出す。


――「ウィリーさん、私ができる範囲で検査をさせてもらいましたが、機械装置の面でも、また内蔵されているシステムやプログラムの面でも、どこも壊れたところは見当たりませんでした。AIもまったく正常に機能しています。

……これは私の推測なのですが、ウィリーさん、あなたもしかして、…………」


 優しく微笑みながら、店員さんが私に問いかけるように真実を告げたのを、その時の私は黙って肯定することもできなかった。

 私がそうやってシンクの前で物思いに沈むように立ちすくんでいると、


「……ウィリー?」


 と、すぐ隣から声をかけられて私はハッと意識を現実に引き戻した。

 見ると、いつ自室から戻られたのか、パジャマ姿の暁美さまが私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫? 何か……、考えごと?」


 その心配そうな暁美さまの表情に、私は慌てて首を横に振って笑顔を取り繕った。


「申し訳ありません、少しぼーっとしておりました。大丈夫ですよ。……何か、お忘れ物ですか?」


 私の笑顔を見て安心してくれたのか暁美さまはそれ以上は言及せず、そして「忘れ物、ってわけじゃないんだけど」と前置きしてから、今度はどこか嬉しそうな顔をして続けた。


「べつに明日でも良いかなって思ってたんだけどね、やっぱり少しでも早くに話したくて戻って来ちゃった。……あ、大丈夫だよ、ちゃんと就寝時間までにはお布団に入るから」


 そうやって話す暁美さまの表情は、やはりいつもより嬉しそうだ。

 まさに早く話したくて仕方がないといった様子だった。何か、日中に人に話したくなるようなとても良いことでもあったのだろうか。

 暁美さまとのお話は、どんなことでも私は嬉しいし、幸せな気分にさせてくれる。私はすぐに暁美さまに軽く向き直って、その可愛らしい口から次の言葉が紡がれるのを待った。

 暁美さまはきらきらとした顔で「あのね、」と話し出す。


「クラスですごく仲が良い子が同じ『ウィリー』シリーズのアンドロイドを持っていて驚いた、って話をしたの覚えてる? 今日、その子から聞いたんだけどね、今度『ウィリー』シリーズのアップデートでとっても素敵な機能が追加されるらしいの」


「素敵な機能……ですか?」

 

私が首を傾げて聞き返すと、「うん!」と暁美さまは満面に相当する笑顔で頷いた。


「それがね、アンドロイドの自己認識の機能で、ついに『ニックネーム』が設定できるようになるんだって!」


 暁美さまは若干の興奮の気配をその頬に宿らせながら、そう私に教えてくれた。

 就寝前にそんなに気持ちを昂ぶらせて大丈夫かとも少し心配になったが、私自身も自分の胸のあたりが熱くなった気がしていて、変にはしゃいでしまわないようにすることで精一杯だった。


『自分の所有しているアンドロイドに、名前やニックネームをつけたい』……こういった声が、最近のアンドロイドユーザーから大変よく上がっているそうだ。様々なメディアでもこの風潮について取り上げられていて、国内ではもっぱら近頃の話題の種になっている。

 だが現行段階では、アンドロイドに対してそれらを行うことができない状態だった。

 アンドロイドの独特なプログラム上の問題で、製造段階から決められた名称(たとえば『ウィリー』などのシリーズ名)でなければアンドロイド自身が『それが自分の名前』だと、認識できないようになってしまっていたのだ。

 ……それが、今度のアップデートで可能の方へ転じるらしい。

 暁美さまはもはや大はしゃぎで、輝いた表情で私の両手を取った。


「あなたが嫌じゃなければ、アップデートをしたらすぐにでも『ニックネーム』を設定したいと思っているのだけど、……良いかな?」


 優しく、それでいてまっすぐな目でそう聞かれて、私も胸がいっぱいな気持ちで「もちろんです」と答えた。

 私の返答に、暁美さまはまた大変嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「じゃあ、アップデートまでに『ニックネーム』を一緒に考えよう! お父さんとお母さんにも相談しながら! うんと素敵な名前にしようね、ウィリー!」


 最後にまるでお日様のような笑顔で暁美さまは私にそう言って、上機嫌のまま自室へと戻っていった。

 暁美さまが部屋に入ってしまう直前に再度振り向いて、いつものように私に手を振るので私は笑顔でそれを振り返す。

 ……パタン、と扉の閉まる音がして私は、今自分がキッチンに一人でいたことを夜の静けさとともに思い出した。

 キッチンの隅には、暁美さまが買ってくださった大量の『オイルスープ』が残っていた。

 これも、暁美さまが日中に食事をとることが可能になり、夜間に私と『食事』をする機会がなくなったため使用する回数が激減してしまったものだった。

 私は、『オイルスープ』の一つを手に取って、暁美さまと一緒に食事をした日のことを懐かしく思った。

 その思い出を胸に抱いた私は、自分が一つの願いを抱いていることを気がつかされた。


 ……私は、もはや夜を見張らなくても良くなった。

 私の主人である健司朗さまはもちろん、奥さまの恵美さまも、そして暁美さまも、きっともう大丈夫。

 見張ったりしなくても、暁美さまは死んだりしないし、彼女は決して……弱くはないのだから。

 

 ウィリー、と私を優しく呼ぶ、懐かしい声がどこからか聞こえてきた気がした。

 それは納戸の、私の充電椅子がある場所から聞こえてきているような気がした。


 私は、『オイルスープ』を手にしたまま、ゆっくりと納戸へと向かった。

 納戸の扉を開けると、すぐそこには自分の充電椅子がある。

 私は、カーテンの隙間から星明かりを浴びているそれの前へと立った。


――「ウィリーさん、あなたもしかして、……このエラーが直ることで前のご主人を忘れてしまうんじゃないかって、恐いのかな?」


 私自身も知らなかった私の暴かれた真実に、私はただ驚いて、呆然とするしかできなかった。

 しかし、よく考えてみればそれはとても腑に落ちるものだった。

 私の厄介で不可解なエラーは、すでに当初の目的を失い、違う目的にすり替わってしまっていたのだ。


(……忘れて、しまうだろうか)


 自分の充電椅子を見下ろしたまま、私は夜の音しかしない静かな中でしばらく立ち尽くした。

 そもそもアンドロイドに忘却なんて機能がついているのかも、わからない。

 古いものから自動的に記憶を削除してしまうというのが、もっとも『アンドロイドらしい』のかもしれないが、そんな機能は幸い私には備わっていなかった。

 それが行われてしまったら、それこそ新しいエラーを作り出してしまったことになる。

 

 でも。

 ……どうしても、不安だった。


 私は手に持った『オイルスープ』を見て、それを自分の視界映像の中に映した。

 暁美さまはあんなにたくさん、努力をなさったのだ。

 

 私も、……頑張りたい。

 

 私は、『オイルスープ』を両手でしっかりと持って、自分のAIを落ち着かせた。

 だがずいぶんと長いことその姿勢のまま、私はそこから動き出すことがとても恐くなってしまった。

 それでも。

 

 ――……ウィリー、大丈夫よ。あなたはきっともう、大丈夫。


 懐かしくて優しい声が、私の中で微笑みながら私を促した。

 私は目の前の椅子へと、静かに腰を下ろした。

 現時刻は、夜の二十一時五十五分、『夜間』の時間帯。

 でも、もうきっと、大丈夫。

 私は充電のケーブルを繋ぐ。

 これから暁美さまから、私の『ニックネーム』をたくさん呼んでもらうことを想像して、目を瞑る。


(……夜明けを、信じて)


 そう心の中で祈るように呟いた、夜の二十一時五十七分。

 私はついに、眠るように充電に入ることに成功したのだった。

 私の胸のあたりに灯った『充電中』の文字が私をさらに安堵させる。


 その文字明かりの構成色が、夜空に浮かんでいる月と同じだったことを私が知ったのは、それから遠くはない未来の話で。

 私は新しいニックネームとともに家族の「おやすみなさい」をの声を聞くという幸せを手に入れる。

 それからは『夜』に守られるようにして、私は毎晩やすらかな眠りに就くのだった。



【了】

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夜明けを手向けるアンドロイド 一葉 小沙雨 @kosameichiyou

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