年下アイドルの嘘に翻弄されています
羽間慧
年下アイドルの嘘に翻弄されています
『この度、
ツブヤイターをはじめ各種SNSで発信された投稿は、瞬く間に世界を駆け巡った。おびただしいコメントも。
『推しカプが現実で結婚だと……? 俺はもう死んでもいい。会社なんか行きたくない』
『キター! るなそうゴールイン!』
『クソ政府、同性婚はよ認めろ』
『結婚披露宴ライブはいつですか? チケットを買う金はあります』
所属するアイドルグループは違えど、同じ事務所の先輩後輩だった。二人のカップリングを示す「るなそう」は、幾度となくトレンド入りしてきた。黒髪清楚の月愛が、派手なピアスをつけた金髪の蒼に抱きついた日は「デレ蒼」「月に食べられる」「婚姻届出してくれください」などが並んだものだ。
とうとう夢が現実になった。同性の恋人への理解が広がってきたものの、日本の政治家も世論もいまだに頭の硬い奴らが多すぎる。国民的アイドルグループのセンターがカミングアウトしたことは、世界にとって大きな一歩に繋がるはずだ。
百合営業と揶揄されたこともあったが、やはり二人の愛は本物だったようだ。お兄さんが花束を送ってあげたい。
朝の俺は涙を流しながら、裏アカで祝福メッセージを連投した。
『ありがとう、るなそう。この日を永遠に忘れない』
世界は歓喜に満ちていた。月愛が本日二度目の投稿をするまでは。
『実は、この指輪は仲良しのお揃いリングでした! 私、渡会月愛に結婚の予定はまったくありません! 橋爪蒼ちゃんとは、今後も仲良しの後輩として接していくつもりです!』
ふっ。
ふざっけんなよ、月愛!
なーにが、世界にとって大きな一歩だ。所詮は百合営業かよ。ファンの心理を弄びやがって。今日がエイプリルフールだって言っても、ついていい嘘に限度はあるだろうが!
裏アカで恨みを綴っていた俺の手から、スマホが奪われる。いつの間に喫煙所のドアが空いたのか。
「はい、没収。ステージまで残り二十分ですよ。そんなに目血走らせちゃ、
「返せよ、
年下なのに俺よりもリーダー面している輝煌は、途中で加入してきた三年前から嫌いだった。頭一個分以上も差がある身長、ジムいらずの腹筋、二十代後半を過ぎてダンスのふりが覚えにくくなった俺と違って飲み込みも早い。二十六からオッサンと呼ばれ始めた俺と、明らかにキラキラ感が違った。
「夢を与えるのが僕らアイドルの使命ですよ。死にそうな顔しないでください」
「うるさい。月愛みたいな黒髪が」
俺はすぐに自己嫌悪に陥る。輝煌に当たるつもりはなかったのに、行きどころのない苛立ちをぶつけてしまった。
「悪い。言いすぎた」
「気にしませんよ。星夜さんになら、いくらでも罵られて構いません。出会ったころから僕のことが嫌いだって、分かっていますし。好感度が下がりようないですもんね」
涙ぐまれるより、ポーカーフェイスで即答された方が堪えた。
「マジで悪かった。さっきも、今までのことも」
ほんとですよと、輝煌は俺のスマホの電源をつけた。ロック画面には一番いいコンディションのときの俺が写っている。
「僕が憧れたのは、バックダンサーしてたときの星夜さんだったんですよ。今じゃ、こんなにプニプニして」
「揉むな。そんな……と、こ!」
脇腹を直で触るのはやめてくれ。割と気にしているんだから。
「年下のアイドルに執着するなら、るなそうじゃなくて僕にしときません? 七つ、六つの差と比べれば、四つなんて大差ないですよね。それに、僕は話題性のためにBL営業なんかしません。星夜さんのかっこいいところも、情けないお腹周りも、僕だけが知っていたら十分でしょう?」
今日がエイプリルフールだって分かっていた。嘘ですよ星夜さんと、輝煌がおどけるのは予測できた。なのに、嘘だったなんて言わないでほしいと願ってしまう。いけ好かない年下アイドルから向けられた眼差しは、何万人ものファンに見せてきたものより優しく見えた。
「約束します。来年の今日、星夜さんに偽りじゃない指輪を贈るって。だから、結婚を前提に付き合ってくれませんか? 返事はライブが終わった後でいいです。言っときますけど、本気ですからね。僕は!」
一人喫煙所に残された俺は、胸を抑えてへたり込む。
「輝煌ファンに殺されるな。きっと」
きら星結婚がトップニュースを飾り、世界一幸せなエイプリルフールになることを、俺はまだ知らなかった。
年下アイドルの嘘に翻弄されています 羽間慧 @hazamakei
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