ミートボール

@tsutanai_kouta

第1話


俺には困った友人がいる。

仮にMとするが、そのMは親の金でマンション暮らししていながら、遊ぶ金欲しさにヤバいことに手を出してるようなのだ。


友人として確認し、それが事実なら更生するよう伝えよう…などと意気込いきごみ、Mの部屋を訪れたのだが、まだ昼前なのにMは泥酔でいすいしていた。向かい合って座るMの目はバキバキで会話が成立するとも思えない。

俺が、もう帰ろうかと考えた時、Mが唐突とうとつに「あのさ!」と大声で言った。


びっくりしてMの顔を見ると、Mは一転して低い声でボソボソと語り出した。


「あ、あのさ、夕べ、ネットの紹介で、ある家に金目のもの目当てに侵入したんだよね…」


なんかサラッと犯罪を自供した…!

Mはお構いなしに話を続ける。


「んで家の中を物色してたら、後ろから生臭い、嫌な感じのする熱風が吹いてきた」


なんの話だろうか? 酔っぱらいの妄言もうげん


「振り向くと、そ、そこにデカい顔があって……」


ダメだ、こりゃ。

俺がさえぎるように「酔いすぎだよ」と言ったが、Mの言葉は止まらない。

俺に向かって話してるというより、吐き出さずにいられないかのようだ。


「視界いっぱいに顔があって、まん丸の目でこっち見てた。睫毛まつげが長くて…イヤーな感じでニヤニヤわらってたァ…」


俺が唖然あぜんとするというかあきれてると


「あの生臭い風ってアレの吐いた息だったんだ…! あ、あと眉毛まゆげなかった…」


などと早口でまくし立てた。

もう限界だ。俺は「おい!」と声を荒げて言った。今度はMが驚いた顔でこちらを見る。…というか、俺が来てたことに今気づいたんじゃないだろうか。


俺は強い口調で言い聞かせるように

「飲みすぎだ。まず酔いをさませ。それから話をしよう」

と伝え、立ち上がった。


Mは酒で赤くなった顔をますます赤くして

「ほ、本当だ! そん時、後ろにひっくり返りそうになって、そいつの睫毛まつげをつかんじまった! それがこれ……」

と叫ぶように言ったが、構わず出口に向かった。


俺がMの部屋を出る時、Mが右手に小枝みたいなものを持って振り回してるのが見えたが、構わずドアを閉めた。

バカバカしい。



その日の夜、俺は再びMのマンションに向かった。Mが犯罪に手を染めてる以上、自首じしゅするなら早い方がいい。自分でもお節介せっかいだと思うが、人間関係なんて腐れ縁で出来てんだから─と自分に言い聞かせた。


Mのマンションが見えてきた。夕方ごろに発生したゲリラ豪雨で激しい風雨にさらされた外壁がくすんだ色に見える。

その時、外壁に奇妙な模様のようなものが浮き出てるのに気がついた。

人の手形、それも超特大の手形のようなものが、うっすら見える。まるで巨人がマンションの壁にてのひらを押しつけたような…?

壁に残ったてのひらの皮脂が雨粒をはじいて、それを俺が目にした…と思い至り、我に返った。バカバカしい! 俺までMの妄想に引きずられてどうする!


俺は歩調を早め、Mの部屋へ急いだ。

バカバカしいと言いつつ、嫌な気分だった。なんだか胸の奥がモヤモヤする。


Mの部屋のドアノブを回す。鍵はかかってない。俺はドアを開きながらMの名を呼んだ。返事はなし。構わず部屋に入る。

もう一度、Mの名を呼びながら奥に踏み入り、“それ”を見つけた。



部屋の中央に大きな球形のものが転がっていた。大きなスズメバチの巣のように見える。いや、というか焼く前のハンバーグのタネみたいな。デカいデカいハンバーグのタネみたいだった。

俺は“それ”を凝視し、“それ”が、まさしく挽き肉のかたまりであることを理解した。

なぜなら巨大な肉塊にくかいのところどころにMが着ていたシャツの切れ端が混じっていたから──。



どうやって通報したのか記憶が曖昧だが、Mの部屋でへたり込んでる俺を警官がかついで連れ出してくれた。そしてそのまま救急隊員の担架に乗せられ、救急車で搬送された。

その夜は病院のベッドですごしたが、何度もMが巨人に握り潰される悪夢を見た。


後日、あの肉塊にくかいはDNA鑑定によりMであることを確認したと警察から聞いた。

その時、警察にMの部屋に大型生物の体毛はなかったかたずねたが、該当するものはなかったとのことだった。


それから俺はMのことも事件のことも忘れるよう努めたが、それでも時々考えてしまうのだ。今も何処かにあるであろうMが忍び込んだ家のことを。そしてそこに棲む“何か”のことを──。






 ─了─

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