本編

本編


 こんにちは。これから、この鹿島神宮の案内をさせていただきます。


 私のことが必要な際は鏡石キョウセキとお呼び下さい。


 早速、眼の前の鳥居について説明させていただきます。


 こちらは御手洗池口鳥居。東日本大震災にて倒壊してしまいましたが、令和二年八月、ついに再建が叶いました。


 これには不思議な御縁がありまして、本社の御祭神は武甕槌大神タケミカズチノオオカミであらせられます。武甕槌大神は悪神よりお守りくださる武神でございますが、雷神や境界神としての顔もございます。


 そのご神縁を頼りに、サイバーセキュリティー会社の取締役の方から、奉納の話をいただきました。そのお申し出を拝受いたしまして、実に九年ぶりの再建と相成ったのであります。


 詳しい話は近くに設置しております、 QRコードから御覧ください。


 さて、この鳥居から中に入りますと、奥に見えるのは御手洗池であります。


 この池は一日に40万リットルもの湧水がありまして、昔は参拝の人々がこちらで神前に立つ前の禊を行っておりました。現在でも、年始には多くの方々が大寒禊を行います。


 ご覧になれば分かる通り、とても透明度の高い水場でありまして、水底が透き通って見えるのですが、なんとこの池には大人が入っても子供が入っても胸の丈までしか浸からないという言い伝えがあるのです。これも武甕槌大神の御神徳でありましょう。


 今は水音に心清めるだけにいたしまして、道を先に進み角を曲がって少し進みますと、奥宮が見えてまいります。


 奥宮の話は後ほどのお楽しみとしまして、奥宮の横には更に奥へと進む道がございます。これを辿ってみましょう。


 この道の先には要石と呼ばれる石がありまして、地面から少しだけ頭を出した石が祀られております。


 この石は地震を起こす鯰の頭を押さえつけていると古くから伝わっておりまして、経津主神フツヌシノカミが御祭神であらせられます香取神社の要石が鯰の尾を押さえることで、この東国を地震から守っていると伝わっております。


 また、この要石には次のようないわれもございまして、


(ハムノイズ)


(女声で)

「ふう、流石にこの頃は毎年、堪えるわ」


(男声で)

「おう、モリヤの。戻ったか。で、どうよ、北の地ん毒気の方は?」


「十年も経つのじゃ。あたしが怠っておったように見えたか?」


「なに、子らが嘆いておるのを見るのは哀れでの。早う産土の元へ返してやりたいとな」


「おいも好き者じゃて」


「一度は己が袂に入れた者らよ。離れたとて子は子とな」


「ふん、あたしは好かん」


「モリヤのは投げつけられてそのママというのもあろうがな、あまり長くごしゃぐな」


「ほうれ、国言葉が出ておる。そんなことを言っておいて、やはり本心はどうだか」


「……思うことがないとは言わんがね。ただ、やはり怒ると言うのとはもう違うなあ」


「まあよいわ。ほいで、おいのナマズはまだ寝ておるか」


「目はだいぶ前に醒めておるがな。香取の石と合わせて押さえられるせいで、身動きが取れぬとなんとか身を捩りおる」


「なんとも天津神らしい仕舞いだいや。やんどもはあたしとうの上にっからねば気がすまんだじ」


「すかし、後の仕舞いさんば、しなくちゃないとはわかりすた?」


「……こうも国言葉で意味が通じんのはそうだがねぇ。ほいじゃあ、おいはこのさまでこてさんね満足?」


「仕方なかろ。まあナマズは放し飼いにするがやんべちょうど良いが、今更離してやるわけにもいかん」


「大正の有り様はよたかったなあ。それでも抑え続けるとはなんともどぜいふざけとる」


「言わんくないください。離しておいてやればてろっと少しずつ揺れるだけで済んだかもしれぬが、不安がらせたやもわからん」


「ほがして民人におもねるのが好かんと言うがや!治むるもんは治めて、導くもんだし。悪路王、おいは腑抜けかいや」


「まあ首は落ちたがね」


(ハムノイズ)


 そうしたわけで、水戸の光圀公が命じて七日七晩掘り進めても、どこまで埋まっているのか解らなかったということが伝わっているのです。


 さて、周囲の森を見渡してみましょう。こちらの森、鹿島神宮の樹叢は、巨樹名木が生い茂る県内でも随一の常緑樹林です。


 実は、先程通ってきた御手洗池の周囲とは立ち並ぶ樹木の様子が異なることにお気づきでしょうか。


 御手洗池の周囲に見られるのは、カヤやモミ、タブノキなどによる年を経た混成林でした。


 しかし、この要石周辺に目立つのは、比較的若いモミの木です。


 これは、昭和五十四年ごろにハラアカマイマイと呼ばれる蛾が大量発生し、大部分のモミが枯死した時期があったためです。


 けれども自然の生命力はたくましく、土の下からは新しい木々が芽生え、在りし日の社叢へと戻りつつあります。このように、打ちのめされてもなお健やかに育つ木々の姿には、私達も励まされますね。


 では、道を戻って奥宮にお参りをしましょう。


 こちらの社殿は、慶長十年に徳川家康公が関ヶ原戦勝を記念いたしまして、本宮として奉納した建物を改築にあたって遷したものです。


 この奥宮の御祭神は武甕槌大神の荒魂でして、荒々しい側面、勇ましい側面をお祀りした宮となっております。


 荒魂はその名の通り勇猛果敢な神威を示す御魂でございますが、


(ハムノイズ)


(先程の女声で)

「それにしても腹が立つ」


(先程の男声で)

「おや、もう国言葉は良いのかね」


「ふん、先程散々話しても互いに意味が通らなかったんだ。しばらくは我慢してやるさ」


「それは、それは。して、何が腹立たしいと言うのか」


「決まっているさね、雷坊主のタケミカズチさ。初めはビクビクしてたってのに、大和の神の後ろ盾を得たらいきなり偉ぶって。お前のクニだって奪っていったじゃないか」


「ああ、あれは驚いた」


「しかも、あたしのクニみたいに神を押し付けてくるならまだいいさ。お前のクニに来たのは人だったじゃないか。何だったか、グレート・ジェネラル・オブ・ジ・アニヒレイツ・アンド・ルールズ・オーバー・ジ・バーバリアンズ・オブ・ノースとか言う」


「征夷大将軍、タムラマロのことか」


「そう、そのなんたらマロにこそこそと力を貸して。お前のお気に入りだったアテルイを捕らえていったじゃないか」


「その節にはモリヤにも世話になった。モライをよこして共にイクサバを駆けたこと、嬉しく思うぞ」


「イクサは勝てねば意味がないのさ。それで言えば、他のクニも腹立たしい。奴らが芋を引かねばさらに戦えたものを」


「そうやって怒るのは、モリヤの自然神としてアラミタマなのだろうがね。タムラマロが私達のクニを良く治めてくれたことは忘れてはいかんぞ」


「それにしたって、お前をタムラマロの陣地の下に抑え込んで。なあ、悪路王、悔しくはないのか」


「タケミカズチとて、神がかったタムラマロにアテルイとモライの助命を請わせたのだ。それだけで俺には十分よ」


「結局下った者の首は撥ねられたのだあず。でしょう?ほいじゃあどちらが獣か解らんだず」


(ハムノイズ)


 その活力を以て新しい物事を産む御霊ともみなされます。


 かの征夷大将軍、坂上田村麻呂も蝦夷平定の際に鹿島神宮にて武甕槌大神を奉じたと伝わっており、そのご神威もあってか、大和王朝によって初の本土統一が成し遂げられました。


 この伝承にあやかってか、後に武甕槌大神は武神として、戦国武将などによく崇められるようになったとのことです。


 また、鹿島神宮にはこの蝦夷平定に際して討たれたとされる、阿弖流為アテルイをモチーフにしたとされる悪路王の伝説があり、江戸時代にはこの悪路王の首を模した面も奉納されています。


 さて、振り返って、階段を降りた先の立て札が見えるでしょうか。


 あの立て札には松尾芭蕉が鹿島紀行に書き残した俳句が書かれています。


 その句は、「この松の実生せし代や神の秋」というもので、樹叢のみごとさとこの鹿島神宮の歴史を感じさせる味わい深い句として、過去と現在に普遍な厳かさを偲ばせています。


 また、奥参道に立って立て札の斜向かいには、熱田社が素戔嗚尊と稲田姫命を祀っております。


 この社は古くは七夕社と呼ばれ、農業守護の社として崇められていました。


 荒ぶる神として知られる素戔嗚尊ですが、嵐の神としての一面もございます。同じく荒ぶる武神の側面を持つ武甕槌大神の雷神としての顔が、素戔嗚尊の司る嵐を呼び、そうしてもたらされた恵みの雨が農地を潤したと考えると、奇妙な縁を感じることでしょう。


 では、この奥参道を本殿の方向へ進んでいきましょう。


 すると、右手に鹿園が見えると思います。


 鹿は鹿島神宮にとって重要な意味を持つ動物です。


 というのも、国譲りの神話において、大国主神に国を譲るように伝えよとの天照大神の命を武甕槌大神へと伝えたのが鹿の神である天迦久神あめのかぐのかみだったためです。


 また、武甕槌大神の御分霊が奈良の春日大社へ遷した際も鹿の背中に乗ったと伝わっており、このように鹿と当社には深い御縁がございます。


 そのため、鹿は現在でも神使として大切にされています。


 鹿園を右に見てさらに奥へと進みますと、いよいよ本殿が


(ハムノイズ)


(老爺の声で)

「おや、どうしたね。そんなにいがみ合って」


(先の女の声で)

「おお、常世神か。聞いてくれ、この悪路王がな。腑抜けてされるがままなんだじ」


(先の男の声で)

「民人あってのクニ、クニあっての我ら、我らあっての民人よ。例えクニが無うなっても、民人が治まっておれば何れまた産まれる。それならばそれで良いというのさ」


「なるほど、ヌシ等も一柱として譲れぬものもあろうがね。虫が蝶を産み、蝶が虫を産むのだから、どちらかだけに拘るものではない」


「常世神はそうやって橘を食んでいればいいだろうさ。だが、あたしはね。タケミナカタの振るった藤の枝が鉄の輪を砕く様を今も忘れちゃいないんだ」


「モリヤの、それは」


「悪路王は黙りなんし!」


「ほうら、三柱共、まずは落ち着いて話そうではないか」


「しかしだな、常世の神。待て、三と言ったか」


「うん、どうした悪路王。あたしとおいと常世神で三だろが」


「いや、モリヤノカミと悪路王、それにそこで聞いておるものがおるであろ。初めての顔だが何者かな」


「これは?鏡石かがみいしか。盗み聞きる不届き者かいや」


「なんと、あたしも気が付かなんだ」


「現世の者が神に触れようなど不届き千万。この身如何に寂れたとて、クニの守り。アテルイに伝え、一度はタケミカズチの神威持つタムラマロさえをも退けた、北が雄たる悪路王の矢を受けるが良い!」


(破裂音)


(ヒスノイズ)


(ヒスノイズ)


(クリック音)


 見えてまいります。


 こちらの社殿は徳川二代将軍秀忠公の寄進によるもので、重要文化財にも指定されている建物でございます。


 当時の建て替えの際には、本殿の向かいにあります仮殿に御祭神をお遷ししまして、その後奥宮を現在の位置へ曳き、今の本殿を造営したと伝わっております。


 神前にて、案内はここまでとさせていただきますが、本殿の裏手には私の名前の由来ともなった鏡石かがみいしがございますので、参拝の後にはぜひお立ち寄りください。


 それでは、失礼させていただきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鹿島神宮 御手洗池方面 試験用音声ガイド Ver.0.802a 猫煮 @neko_soup1732

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ