第六章・複合図書館

エレベータ・複製の意識

『――どうした?』


 ストロボの落ちた方角にヨウジのカメラが向けられる。


 四体のヤエコは未だに目を抑え『ヨウジ、ヨウジ…!』と声を上げるものの、その上半身がみるみる縮み、本体へと吸収されていく。


「これは、一体…?」


 困惑するトモに『別の次元への群生移動ぐんせいいどうだ』と、答えるドット絵。


『進化すれども、彼らに大量の人間の記憶や感情の処理は荷が勝ちすぎた。今では、ヨウジやヤエコの肉体の維持いじはおろか、胞子をばらまくはずの人間の操作もおぼつかない状態――ゆえに、こちらも少し手を貸すことにした』


「…あ、ヨウジさんの様子がおかしい!」


 天井を指さすトモ。ついで張り付いていたフィルムが次々と千切れ、機械の集合体であったヨウジは無様ぶざまに床へと落下する。


『――下の胞子は、どこ行った!』


 崩れかけた体。

 絶望した声をあげる撮影機器の集合体に、ドット絵が歩み寄る。


『…ヨウジ、こちらが見えているかい?』


 落下の衝撃で折れたストロボ。

 からまったフィルムに埋もれたカメラ。


 そこから覗くレンズはドット絵の姿を認めるなり『…クソッタレ』と悪態あくたいをつく。


『なんで、お前がここにいる。あの女の姿を未だにしている』


 その背後では巨大なトルソーがしぼみ、四人のヤエコもすでに形を失っていた。


『俺は…どうして動けない?』


 混乱の声を上げるヨウジの複製に『――キミらの体を構成する菌たちと、直接話をしたのさ』と、答えるドット絵。


『二人を呑み込んだとき、分解されたはずのナノマシンは生きていた。後に、彼らを構成こうせいする一部となり、内側から対話を試み続けた』


『…あり得ない』


 レンズを動し、足として使っていたストロボが床に倒れる。


「つまり今のヨウジたちを構成する胞子…人で例えるならば細胞単位で各胞子すべてと対話を行ったというのか?」


 信じられないと言う顔をするソウマ医師に『――そう、ベースにこちらが使われている以上、複製されれば対話する機能も備えることができる』と、ドット絵。


『…ただ、ずいぶんと時間もかかった。本体からヨウジにヤエコ。胞子に侵食しんしょくされた街や人々も含んでいたものだから、人で言えば相当な労力を強いられたよ』


 そこに「あー、ぶっちゃけ。対話をした結果どうなったの?」と、崩れたヨウジをさっそくクロッキー帳に描きながら、質問するトモ。


「なんか、このヨウジさんだったもの縮んで意識が無くなってくみたいだし。早めに言ってあげないと理解できるかもわかんないんじゃないかなあ」


 もはや、何一つ言葉を発しない、ひと抱えほどの機器の成れの果て。

 残るフィルムを鉛筆でつつこうとしたトモに俺は慌ててえりを引く。


『まあ。先ほども言ったが彼らは別の次元へと――安全に増えることができる環境に移住を決めた。ヨウジらの意識とは別に、今は胞子が個々に次元を移動している』


 その説明がなされると同時に、部屋に残っていた最後カメラのレンズが消えた。



「…死んじゃったの?」


 もはや、会場は閑散としていた。


 胞子もトルソーも天蓋も消えた広い会場でのトモの質問に『はて。ヨウジは、どの時点で亡くなったものか?』と、逆にドット絵が問いかける。


『そも、ヨウジたちは元はこちらで複製されたスワンプマンだ。それを菌類が吸収し、再構成された複製体として動いていた…となると彼の死はどの時点か』


 ――その答えは、目の前で起こった。

 

 気がつけば、俺たちは郊外にある小さなアパートを見上げる形で立っていた。


 普段なら、閑散としていたであろう狭い駐車場。

 そこにパトカーや救急車が停まり、ランプを回転させている。


「職場に電話をしたら、流感で数日間の有給をとっていたそうで。母親とも同居しているからどちらか連絡がつくと思っていたんですけれど――まさか、二人共々とは」


 大家なのか、警察に話す男性の横のドアから布を被った担架が二つ運び出される。


「流感ですか、またぶり返していますものね。一昨日には隣の壁越しにひどいせきが聞こえていたそうですが、翌日には静かになって…たぶんそのときですよね」


 担架を載せ、遠くなっていく救急車。


「――福祉に勤めていた息子さんと母親で、仲の良い親子だったのに。残念ですよ」



「これが、アイツの死か」


 ソウマ医師がポツリとつぶやく。


 ――複製された人間が亡くなると、同期しているもう一方も死亡する。


 近くにいた人間には共感覚が発生し、俺たちは先ほど目の当たりにしたヨウジ親子が亡くなったという事実を否が応なしにでも実感せざるを得なかった。


「アイツはさ、福祉の給料は働けど働けどもすずめの涙だって。貯蓄も底をつきかけていると言っていて…だからこそ。僕も少しでも助けになるかと金を渡していたのに」


 そこまで話すと、涙を流すソウマ医師。


「何なんだよ。人を散々振り回しておいて、迷惑かけて。何様なにさまだったんだよ」


 ポロポロと涙を流すソウマ医師の横から、不意にエレベータのドアが開く。


『…一つ、補足をしておこう』


 指をさし、エレベータに乗り込むようにうながすドット絵。


『次元を移動した際に作られる複製。彼らを構成する物質はオリジナルと全く同じだが、どこの空間から何をもとにして作られているかはあまり知られていない』


「それは…まさか、さっきの?」


 俺が思い至ったことを口にしようとすると『端末同士は本来は過去も現在も未来でさえも通信できる代物だ』と、ドット絵は付け加える。


『長い年月を経て、移住をした菌類。彼らの中にあるナノマシンの呼びかけにより、次元を移動し、定められた形をとり、見目も中身もオリジナルと同じ人間となる個体が生まれる未来も想像にはかたくないだろう』


 全員が乗り込むとエレベータの景色はいつの間にか街中となっており、外では人々が当たり前のように出勤し、生えていた巨大トルソーは影も形も消え失せていた。


「…ここにあった胞子も無事移動したのか」


 ポツリとつぶやくソウマ医師に『――その点では彼らは最初の犠牲者ぎせいしゃであり。また複製体ふくせいたいを開発するうえで、非常に貢献こうけんした人間でもあった』と、どこか遠い目をするドット絵。


『もちろん。この事故は確認できた時間軸すべての事例にして、これ一度きり。今後も起きないようこちらも勤めている』


「僕らはこれから…」


 何か言いかけるソウマ医師に『――では、何かやり残したことはあるかい?』と、ドアが閉まる先でドット絵がたずねる。


『ここまでくる道中で感じた違和感。通信ができる場所とできない場所の違いなど』


「通信…そういえば、僕らは一つあの老人に行動をさえぎられていたな」


 そう言って、ふとソウマ医師が顔を上げた瞬間。

 ドット絵の体にバツンッと、丸い穴が開く。


『むっ』


 バツンッ、バツンッ、バツンッ…


 頭部が、手が、足が。

 欠けたところがさらに欠け――最後には、何もなくなる。


「あ、どうして…!」


 声を上げるトモに『あぶなかったなあ』と、響く声。


「ひいっ!」


 ――そう、俺たちがいるエレベータ。


 ドアが開いた先の構内にいつぞやの白い肌をした老人が額から鼻までの拡大された姿でこちらを見ていた。


『その人工知能はキミたちに害を与える存在。見つけ次第、消去する決まりだ』


 周囲の人々は老人の存在に気づかないのか。

 彼の顔を通り抜けるように出てくると近くのバスへと乗り込んでいく。


「…ホログラム、みたいなものか?」


 ソウマ医師の言葉に『実体なぞ持っても、無駄遣むだづかいになるからな』と老人。


『本来ならば、キミらの行動はすぐさま日常に戻さなければならないものなのだが、そちらの現在の記憶も残したままで対話をする必要が出てきてな』


「…それ、問題が起こったから俺たちに手を貸して欲しいという風に聞こえるが?」


 俺の指摘に『そういうことだ』と老人。


『あの人工知能のモデルとなった女性――ソノザキ・アカネの、人となりについて。キミたちに意見をたまわりたいという考えなんだ』


 再び閉まる、エレベータの扉。


 動き出し、上がった先。


 ――そこは吹き抜けの地下へと広がる、巨大な図書館であった。

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Swamp(スワンプ) 化野生姜 @kano-syouga

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