駅前ホテル・繁栄と崩壊

『――さて、順を追って話していこう』


 ヨウジが起き上がるさなか、俺はドット絵に目を向ける。


『空間の歪みから出てきた菌にヤエコさんが取り込まれ、体を含めた彼女自身の情報と手にあったナノマシンがまるごと分解され、吸収された』


「それが、どういう…」


『その際に、ナノマシンの影響で時間の圧縮あっしゅく突然変異とつぜんへんいが起き、取り込んだ生物の記憶から肉体まで再現できる能力を獲得してしまった』


「元から、持っていた能力じゃなかったのか?」


 愕然がくぜんとする俺に『ああ、そちらの自然界に存在するキノコと同じ。胞子から菌糸、キノコへと変化するありふれた菌類だった』と、ドット絵。


『それを変えてしまったのは、もちろんこちらの責任…想定外の事故に巻き込まれた結果。複製されたヨウジは無自覚ながら菌の一部として生き、情報収集のために本体と離れる形で活動をすることとなった』

 

 そこに「…そうだ。クリニックの薬局入り口の消毒機に手をかざしたら、母さんと変な場所に飛ばされて」とぼんやりとした表情で、手を開くヨウジ。


 ――その中心には、ナノマシンの模様。


「これ、なんだ。いつ、付いたんだ!」


 階段そばで困惑するヨウジ。


『…複製されたヨウジは最初に飲み込まれたヤエコとは違い、より元の姿に近い形。ゆえにナノマシンも再現され、記憶や言語もほぼそのまま使うことができた』


 補足するドット絵に『ヨウジ、ヨウジ』と、かぼそい声がする。


 見れば、階下にいるのは彼の母親。

 …グロテスクな下半身を持つ、手を広げたヤエコの姿。


『どうしたの、私は一体どうなったの?答えて、答えてよお。ねえ』

 

「え、あ…母さん?」


 たじろぐヨウジに「それにかまうな!」と声がし、女性がやってくる。


「人に擬態ぎたいした化け物だ。見ろ、私やキミのように手に模様がないだろ!」


 それは生前のソノザキに見え、彼女は模様の入った手をヨウジに見せる。


「模様?」


 彼女の言葉にヨウジは自身の手と広げたヤエコの手を見比べる。


「…確かに、無い」


 瞬間、ソノザキはヨウジの腕をつかんで走り出す。


「――ここはあちこち空間が歪んでいるんだ。ナノマシンの呼びかけで来てみたが、あんな化け物がいるとは思わなかった。逃げるぞ、すぐにだ!」


 そう言って、クリニック側に走るソノザキ。


「待て、何が起こっているんだよ!」と慌てるヨウジ。


「空間ってなんなんだよ、ナノマシンって…いや、それより。お前さんは誰だ!」


 声を上げるヨウジにソノザキは答えようとしたのか口を開くも「あれ?」と、一瞬困惑した顔を見せる。


「あ…いや、何でもない。私はソノザキ、名前は?」


 動揺からの問いかけに、ヨウジは不信感をあらわにするも「…ヨウジ」と自身の名前を口にする。


「クリニック向かいの薬局で母親とはぐれた。これから、どうする?」



 その瞬間、静止画のように景色が止まる。


「――ソノザキさんが困惑したときにも、何かあったのか?」


 俺の質問に『その通り』と、ドット絵。


『菌の干渉以降、ソノザキはこちらを認識できなくなってしまってね。こちらも行動が制限され、その対応に時間の大半を費やすこととなった』


「…つまり、俺たちが元の時間軸に戻れなかったり、街があんなふうになったのも、すべては今回のことが原因だと?」


 問いかける俺に『――まあ、その一部はな』とドット絵は答え、階段にわだかまるヤエコの姿をした物体に目を向ける。


『この本体も、今は別空間をこじ開けてキミらの知るホテルに身を潜めている。街にトルソー型のキノコ…子実体しじつたいや胞子を拡散させていくためにね』


「じゃあ、あの胞子を吸い込んだ人々は…」


 不安を口にする俺に『さあ、話はここまでだ』と、ドット絵。


『その行く末を、これから見ていこうじゃ無いか――』



 …周囲の景色が再びホテルの会場へと戻る。


「えーい。情報よこすなら、いっぺんに解決できるようによこさんかい!」


「今、見ていたのが過去のヨウジの記憶なのか?」


 ――俺と同様に、情報が共有されたのか。

 怒るトモと困惑するソウマ医師の姿。


『…そして、ヨウジがまもなく来る』


 声をかけたのは、俺の肩に立つドット絵。


「あれ。今まで姿が現せなかったんじゃ無いの?」


 驚くトモに『少しずつだが、こちらも端末を利用して次元をまたいだ対策をしているものでね』と、ドット絵。


『その結果。少量のナノマシンで姿を取りつくろうまでは回復した』


 そこに響く不快な金属音。

 ついで、天井の穴から大量のフィルムがぞろりと出てきた。


『嫌だなあ、あの女と同じ匂いがするぞ…』


 ――中央にあるのは巨大なカメラのレンズ。


 複数のストロボをフィルムで関節のように繋ぎ止め、蜘蛛くものように天井を這い回る撮影機の集合体がそこにはいた。


『ああ!こんなところにまで、いるのか』


 ストロボの先端が天井板に触れると体を伝ってフィルムが放射状に張り巡らされ、巨体が移動するたびに部屋には振動が起きる。


「…感じていた振動は、これのためか」


 変わり果てた姿となったヨウジだった存在ものに動揺を隠せないソウマ医師。


 そこに『ヨウジ、ヨウジ!』と、ヤエコのうち一人がカメラへ近づく。


『探したんだよ、お客さんがここにいるのだから。対応してあげて!』


 ストロボの一本が向くと、激しい光が放たれ『ぎゃあ!』とヤエコは眼を覆う。


『まぶしい、どうしてこんなことをするんだい』


『…母さん、少しは静かにしてくれ』


 そう言って撮影機器で構成された蜘蛛は呆れたように天井をう。


『――この姿は、飲み込んだ二人の願望に由来したものだ』


 四体のヤエコと蜘蛛のようになったヨウジを見る、ドット絵。


『菌は、取り込んだ人間のシナプスから出される物質…記憶や感情による刺激を好む傾向にある。それを複製体でも生成できないか実験した結果。ああやってオリジナルの趣味嗜好しゅみしこうを形にした姿へと変化してしまったんだ』


「――え、でも。私らといた時にはヨウジさんは人の姿だったじゃん」


 トモの指摘に『…本来ならコントロールできる問題だ。だが、今や菌類たちは情報過多じょうほうかたとなっているからね』と、ドット絵は答える。


『活動範囲を広げた結果、ヨウジらの姿にリソースをはぶけなくなってしまったのさ』


「情報過多…まさか」


 そこで、何かに気づくソウマ医師。


「外で胞子を吸い込んでいた人たちも、影響を受けたのか?」


『――その通りだよ。ソウマくん』


 ドット絵の返事と同時に周囲に叫び声が響く。

 

 みれば、同期していたのか四体のヤエコ全員がフラッシュの後遺症か目を押さえてのたうちまわっており、身悶みもだえするうちの一体が天蓋てんがいの布部分をつかむ。

 

「あ、おおいが――!」


 トモの声と同時に外れる覆い。

 そこにあったのは、無数の布のごとき菌糸をまとった巨大なトルソー。


 四人のヤエコや周囲のトルソーと繋がったそれは、淡い光を周囲に放ちながら天蓋いっぱいにうごめいている。


「駅構内にあったものの本体か?」


 息を呑むソウマ医師に『ああ、そうだ』と、ドット絵。


『次元を利用して胞子を飛ばし、吸い込んだ人間の情報を得て、多くの人間を無意識下に胞子の運び屋として動かしていた元凶…だったのだがな』


 ガシャン…


 ついで、床に一台のストロボが落下した。

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