第17話 蘇る恋心、蘇る苦痛
「……そうか。では私は少し席をはずそう。聞きたいことは大体聞けたからな」
パタン
扉がしまると同時に、ルナははぁっと大きなため息をついた。
(これから、どうしよう)
さっき、兵士には自分が呪われた種族であることを認めてしまった。
仲間を犠牲にすることなんて、絶対にしたくない。
(オスカーも大丈夫かな、怪我……してないかな)
ぎゅっと拳を握りしめる。
こういう時、本当に自分の無力さを突きつけられる。
ネガティブなことは考えてはいけないと、わかってるけれど。
結局一人ではなにもできない自分に嫌気がさす。
もっとこうしていれば、ああしていれば。なんて考えても無駄なことを考えてしまう。
自分は動かず、仲間を心配することしかできない……!
「っ……!」
今にも溢れてしまいそうになる涙をこらえて、目を閉じる。
でも、一度溢れてしまった気持ちはなかなか抑えられない。
普通の人より、弱い自分。
こんな体に生まれてきてしまったことを、数えきれないほど呪った。
「私は弱くない」って、自分に言い聞かせて、毎日笑顔でいて。
一人で、誰にも頼らずに立っていられるほど、私は強いんだって、言いたくて。
でも――。
「わかって、るのにっ」
それは自分が苦しくなるだけ。
本当の自分と表面上の自分を比べて、自分が嫌いになって……苦しくなるだけなんだ。
そうなることは、わかってるのに。
「怖い……」
本当の自分を、アルやオスカー……みんなに、見せることが。
(苦しい思いは、もう……したくないよ……)
今の幸せを、壊したくない。
好きな人に……失望されたくない。
閉じ込めてしまった本当の気持ちが。
三年前、幼いときに忘れたはずの気持ちが、
「うぅ~……っ!」
涙が、溢れる。
部屋の壁に背中を預けながら、崩れ落ちる。
私は……ほんとうに、好きなんだ。
「気の、せいって、思ってたんだけど、なぁ……っ」
いつも見てないようで周りを見てて。
ときどき優しくて。
仲間思いで。
その紺色の瞳に私を写して、微笑んでくれる彼が――。
アルが、ずっと好きだった。
彼が見えるだけで、世界が鮮やかに色付いて。
彼が微笑めば、本当に自分なのかと疑うくらい胸が高鳴って。
でも……「好き」って、伝えちゃいけない。……絶対に。
そうだ。伝えては……いけない。
「好き」を自覚して、ほのかに暖かくなった心は、一瞬で冷えてしまった。
ドクンッ!
「え……っ!?」
急に、身体に電気が流れたかのように痺れだした。
(なに……これっ!)
体が痺れて、ズキズキと頭が痛みだす。
「はっ、はッ、ハッ、はぁ」
荒い息を繰り返していると、段々頭の痛みが増していく。
(呪われた種族の……力を使ったあとの疲労?)
違う。あの力は今使ってない。
(じゃあ、どうして……)
もう考えるのが辛いほどの頭痛に、ルナは意識を手放した。
* *
三年前の夏。
ルナ、アル、オスカーがフィオレン劇団を結成し旅をする前の話。当時ルナ達は十一歳。まだ城下町でルーヴァ劇団として劇を行っていた頃のことだった。
「アルっ! お疲れさま! はい、タオル!」
「あ、サンキュ」
劇のあと、ルナが手渡したタオルを受け取り、微笑むアル。
「えへへ、どういたしましてっ!」
ルナは顔を赤くして、嬉しそうに笑った。
「俺にも一枚いただけますか?」
ルナの後ろから、オスカーも顔をだす。
「いいよ! はいっ」
「ありがとうございます」
「二人とも今日はすごかったね! 双子って設定だったんでしょ? すごく仲良しに見えたなぁ!」
「まあ、実際仲いいからな」
「ふふ。うれしいです」
いつものようにおしゃべりをして、笑いあっていると。
「あっ! ハルヴィ団長に、次のセットで使う木材を持ってきてって言われてたんだった! 私ちょっと行ってくる!」
すぐに走り出そうとするルナの手をアルがつかんで、止めた。
「おい」
「? どうしたの?」
「俺も手伝う」
「いいよ! 私やるし!」
「……俺がやりたいから」
「そっか、じゃあ一緒にやろ!」
「俺は留守番してますね」
手伝ってくれることがうれしくて、ルナは元気よく頷いた。
二人で木材のある場所までいって、運び出す。
「ぅわ、重いっ!」
「こーなるんだろーなと思った」
くすっと笑うアルを見て、ルナの胸が騒ぎ出す。
(あ、れ?)
前までこんなこと一度もなかったのに……。
不思議に思いつつも、木材をもって荷馬車まで運んだ。
ドサッ
「ふぅ~っ、重かった~!」
荷馬車の奥に木材を押し込みながら、ルナが声をあげる。
「そーだな」
「もうしたくない~!」
左手で頬をポリポリかくアルを目線で追っていると……。
「!? アル! 左手、血が出てるよ!」
「え?」
本人も気づいてないようで、左手首に目を向けた。
「大丈夫!?」
「ああ、こんなの舐めとけば――」
ぐいっ
無意識に、アルを手首を引っ張って、傷口に唇を押し当てた。
「!」
アルは目を見開いて、顔を真っ赤に染める。
ゆっくりとアルとルナの距離が離れ、はたと自分のしたことに気がつくルナ。
「っあ」
ぼぼぼっと火がついたように熱くなっていく。
「ば、バイ菌入らないように洗っといた方がいいよ! 私先行ってるね!!」
そう言って、「おい!」と自分を呼ぶアルの声がしても、ルナは走り続けた。
「……はぁっ、はぁっ」
ドキン、ドキンと、心臓が騒がしい。
走っただけなのに、胸が締め付けられるように苦しい。
でも、いやじゃなくて……。
そういえば、城下町で仲のいい女の人が――。
『ルナちゃんは、好きな子とかいるの?』
『好きな子? アルとオス――』
『あ、言っとくけど恋愛的に好きって意味だからね』
『……わかんない。恋愛の好きは、家族の好きとなにが違うの?』
『胸がドキドキして、苦しくて”この人は特別だ!”って思える人のことよ』
『アルとオスカーも特別だよ?』
『う~ん、一人だけなの! 絶対に守りたい、唯一無二の人のこと!』
『私には、まだそんな人いないよー』
『でも、きっと現れるわよ? ルナちゃんだけの特別な人が』
『……そうなのかなぁ?』
『きっとそうよ!』
……なんて話てた気がする。でも、もしかしたら。
(私は、アルのことが好きなのかも知れないなぁ)
そう思うと、本当にそう思ってる気がした。
ルナはなんだか嬉しくなって、今日はもう寝ようと、自分の寝床まで歩き出した。
翌日。次の劇の台本ができて、自分の役を確認しているときのことだった。
ルナは台本をペラペラめくって、話の流れも確認していた。
「あ!」
誰がなにの役をするか書いてあるページに、「姉役: ルナ 弟役: アル」と書いてあった。
(やったぁっ! アルと一緒だ!)
嬉しくてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
(っと、ストップストップ。嬉しいけど、しっかりセリフ覚えなくちゃ!)
ぺちっと自分の頬を両手で軽く叩き、台本を読んでいると。
「ルナ」
「うぇ!?」
思い浮かべていた人の声が聞こえ、思わず変な声が出た。
「どうしたんだよ、変な声出して」
「う……ちょっとびっくりしただけ! なに?」
「いや、俺とルナって姉弟役だろ? 大体セットで劇出るから一緒に練習するか? って聞こうと思って」
「いいよ! やろっ」
そう言って、二人で練習を始めた。
(今回はミステリーなんだなぁ。私とアルは被害者の子どもで……)
「”どうした? 物音がしたけど”」
「えっ、えっと、”棚の上のものを落としてしまって……ごめんなさい”」
何回か練習するごとに、ルナは違和感を覚えた。
(なんか……違う気がする)
アルが休んでいる最中も、ずっと台本を読み続ける。
「おい、そろそろ休憩しろ。さっきからずっと台本読んでるだろ?」
アルに指摘されても、ルナはやめなかった。
「”お、お父様……! わたし、わたしは”……っ!」
ぐらり、とルナの体が傾いた。
日差しが強く、気温も高い中、一回も休憩せずに練習していたため、口がカラカラだ。体も熱い。
「ルナっ!」
倒れそうになったルナの体をアルが支えると、「ハルヴィ団長! ルナが!」と人を呼ぶ声がした。
ルナは、そのまま意識がプツリ、と途切れてしまった――。
「……な、…………ルナ……ルナ!」
ルナは、ゆっくりと目を開く。
ぼんやりと周りを見ると、心配そうな顔をしたアルがいた。
「よかった。熱中症で倒れたんだよ。まじでビビった」
「そっかぁ……ごめんね。練習中に」
「いや、別にいい」
ホッとした表情のアルから、目が離せずにいると、私はあることに気がついた。
「……ぁ」
(今日集中できなかったのって……ずっとアルを目で追ってたから、なのかな)
はじめて「好き」に気がついて、本当なのかとずっとアルのことを意識していたから。
(意識することで、大好きな劇ができなくなるの、かな)
それは嫌だ。
(じゃあ……)
……私が、「好き」を忘れてしまえばいい。
「好き」をルナが忘れれば、ずっとアルとこのまま……一緒にいられる。
「どうした? ルナ」
この事を、誰にもさとられないように。
……大好きな人の笑顔を、絶やさないために。
泣きそうな気持ちを押し込めて、ルナは「なんでもないよ」と精一杯口元を持ち上げた。
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☆ここまで読んでくださってありがとうございます!♡や、やさしい感想等お聞かせ願えるとうれしいです!東雲 SANA✿☆
羽ばたけ!幸せを呼ぶフィオレン劇団 東雲 SANA(*^^*) @sana-chan
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