第22話 鳴子美津の場合5

 そこから、私は、とにかく透明さんから言われたことを愚直にこなした。とにかく「エクセルを開く」みたいなところから、全部書き出して、どんな小さいことわからないことは聞いた。退社しても、あのファミレスでノートをまとめ直した。透明さんの言葉がなぜこんなにもまっすぐ届いたのかよくわからないけれど、成長は自分でも感じられた。ミスもほぼなくなった。


 私は間違いなく一人前になるまで誰より時間がかかったが、仕事ぶりは認められるようになり、教育係に任命された時、私は花開いた。私の作ったマニュアルは好評で、部下の育成に強い、と昇進もした。


透明さんがくれた領収書には紙いっぱいにメッセージが書いてあった。


「誰よりもできないということは、できるようになった時誰よりもできない人により添える。人は色んな色を持っている。諦めるな。いつかヒールの似合う女にもなれる」


 その領収書は今でもお守り代わりにずっと財布に入っている。食事を終え、私たちは店を出る。それから何度、透明さんにはお世話になっただろう。仕事ができるようになり、彼氏ができた。その人に「なんか思ってたのと違う。もっとしっかりした人だと思ってた」と振られた時も泣きつきに言ったな。


「うるさい!合わないと最初にいっただろう。残念ながらお前は晩婚です。ばんこーん」


 とか言われたっけ。透明さんは数をこなしていくうちに、なぜかどんどん不遜に言葉が辛辣になっていき、「もうちょっと愛想よくしたら?」と聞いたら、「鋭い言葉の方が残るってわかってきたんだよ。大体お前みたいな常連ができるのはお断りだ」と言ってたっけ。なんだかんだ仲良くなり、2,3度透明さんと日向さんでご飯に行ったこともある。そして私は困ったことがあるとせっせと透明さんの名刺を配る。今や予約困難な占い師になっている。あんな感じなのにね、とふふ、と笑う。笑った私の姿がショーウィンドウに映る。


 白いピンヒール、濃い暗めのピンクのロングタイトスカート、ブラウスに山吹色のカーディガンを肩にかける。長い黒髪をたなびかせ、いつか夢見てたできる女の私がそこにいる。


「鳴子さーん!ランチ時間終わっちゃいますよ!」


 先を行く加藤さんが声をかける。


 彼女たちは知らない。勤務年数が私より上の人達との会議だと、「あのクラッシャー鳴子が成長したな」と笑いながら年下扱いされることを。


 この間、テイクアウトコーヒーを買う時スマホや財布を忘れたことに気づいて、ツケにしてくれたことを。サバの味噌煮を作ろうとして、サーモンを買って帰ったことを。それを、「お前ほんとドジだよな」と笑って、スマホを忘れた時に追いかけてくれたり、サバの味噌煮をサーモンのムニエルに変えてくれる彼氏の前では、私は手のかかる甘えん坊な女なことを。


 それでいい。人にはそれぞれの色があって、どれが間違いとか本当の自分じゃないとか思う必要なんてない。ありたい自分であれ。成りたい自分であれ。


「すぐ行くー!」


 私は秋の風にカーディガンをなびかせて、ピンヒールで走り出す。


 世界も人はみんな、とてもカラフルだ。


 鳴子美津32歳。もうすぐ、鳴子から金子に代わる予定です。

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