メガネ星人の呟き 「メガネとハサミは使いよう!」 時には、「メガネをたずねて三千里!」

柊 あると

メガネ星人の呟き 「メガネとハサミは使いよう!」 時には、「メガネをたずねて三千里!」

「あーちゃんてさぁ~。絶対コンタクトにすべきよ! メガネを外したら、絶対に『北欧系ハーフ』って言っても、疑う人いないよ? 化粧もしたらさ、どっかのプロダクションから、絶対に声がかかるわよ? 何なら、私が応募してあげる」


(余計なお世話のありがた迷惑。私、あんたの顔見たくないから、メガネ外してんだけど?)


 テーブルをはさんで正面に座る、視線を合わせたくないからメガネを外して見ている、同僚の名無しのA子さんの声が聞こえる。彼女の顔は、メガネ星人の私には、ぼや―――っとした輪郭とヘアスタイルもわからない黒髪、眼球があるらしきところが、他より黒ずんでいることしかわからない。要するにメガネを外したら、顔のパーツの所在地くらいしか認識できないほどの、ど近眼だ。


 知っているだろうか? メガネ星人が目覚めた後の「ファースト・ミッション」だけは決まっている。それは、メガネをかけることだ。この習慣を「忘れちゃったぁ~」と、すっ飛ばすことはありえない。本能でメガネを握り、すっとかけると心は叫ぶ。


「視界良好!」


 安堵してから、セカンド・ミッションへと移行する。


 メガネ星人ライフもまんざら捨てたもんじゃない。見てくれだけで判断されず、三割安人生、大いに結構。美人・べっぴん知ったことか! 超ド級の近視メガネ星人は最強だ。しかし……。唯一、天敵がいる。視力検査だ。こ奴から受ける屈辱は分かるまい!


「はぁ~い、どちら側がいていますかぁ~」


 Cという文字のような図を「ランドルト環」というのだが、五m離れたことろから、片眼を黒いスプーンみたいなもので隠して、上下左右どこが開いているか答えるのだが、私はまず眼を細めて顎を突き出し、キスを求める少女のように、「うっふん!」っと、下瞼すれっすれの視野から凝視する。


ぼやぁ~~~~! ぼやぼやぼやぁぁぁ~~~! 


 黒いシミみたいなものがあるような……。気がする! つまり、丸にすら見えていない! 色目は通用しなかった。


 ならば! 今度は眉間に皺を寄せて顎を引き、上目遣いでガン見する……が……。脅しも効かなかった。いつまでもランドルト環と戦い続けて、眉間や目じりに、皺を彫りこむのだけは阻止りたい!


「わかりません」


 私は諦めて、脳内で白旗を上げる。


「それでは……、その線まで前に出てください。見えますか?」


 私は五mラインを踏み越える。


「見えません」


「もう一歩前へ」


 ピッ! ピッ! と白旗を上げながら、どんどんと、壁に下がっているランドルト環に近づいていく。そして、腰を曲げて覗き込めば見えるかも? というところまで来た瞬間、


「はい、真っ直ぐに立っててくださいよぉ~」


 見透かされた! 諦めて、もう一歩近づいたところで、ようやく空いた部分が見えた。


「0.02ですね」


 聞きたくなかった残酷な数値。しかし私は測定が終わり、メガネをかけた瞬間、けろっと立ち直る。


「メガネがあれば見えるもん! たとえそれが厚さ8㎜の牛乳瓶の底だって……、顔を横から見たら、レンズ内のフェイスラインが切れてゆがみ、小さくなってても、鏡で確認しない限り、私には見えないもん。客観的感想なんか、どうでもいいの! 見えればいいのよ、見えれば! それにね……。メガネって、簡単にかけたり外したりできる、超便利品なんだから!」


 私は見たくないものに出会うと、そっとメガネを外して、ついでに視線もよそっちょへと流す。うまくできたもので、見えないと聴覚まで鈍くなり、話が「見えなく!」なる。


「ねぇ! 聞いてんの?」


(うんにゃ!)と、心の中で即座に合いの手を入れ、A子さんの親切らしき言葉に、ふぅ―――っとため息をつく。右ひじをテーブルに置き、その上に「北欧系ハーフ」づらを載せて天井を見上げた。当然ただの真っ白け。照明の位置すらよく見えない。


「あのさぁ、私、メガネ外すと、鏡に映った自分の顔が見えないのよ。自分の顔がどんな創りをしてるのか、自分ですらわからんのに、そんなもんに、なんか意味ある? 化粧? 見たこともないもんに、お金をかける気、ないわよ!」


 そう。私はメガネを外した自分の顔を、はっきりと見たことは一度もない。よって、北欧系ハーフだろうが、北京原人だろうが、どうでもいいのだ。化粧なんか、乙女な高校時代に友人に教わりながら顔を創ろうとしたが、見えないから、とりあえず、ファンデーションで顔に全面塗装を施し、瞼らしき場所に黒い線を引いてみたものの……。よたった気がして何回か引き直し、唇なんか……。


「あーちゃん! 瞼にミミズが二匹這ってる! リップ……やばいよ。口が裂けてる!」


 教えてくれていた女の子たちの、小刻みに震える肩は見えずとも、こらえた笑い声と連動していることは分かった。


 メガネ星人は顔を描く必要はない。どうせ、レンズのゆがみで眼は通常よりもちっこくなっているから、でかく見せるアーモンドアイを描く必要性すらないのだ。


 しかし、自分の名誉のために注釈はつけておく。私だって中学生時代、メガネじゃなくてコンタクトレンズにしようと思ったことはある! けれど、ドライアイ過ぎちゃって、ハード・コンタクトレンズはゲロっと眼から飛び出した。ソフト・コンタクトレンズは、眼の中で丸まってしまうか、角膜とレンズの間の涙が足りず、外そうと摘まんでみたけれど、角膜に引っ付いちゃって、危うく角膜まで一緒に剥がしそうになった。つまり奴は殺人未遂者だ。こんな危険極まわりない奴を、体内に二度と入れるものか! と誓った。


 そして私は、メガネ星人になった。メガネは私を守り、裏切らない。関りたくないものに出会うと、すっとメガネを外して、「知ぃ~らない!」と、ぼやぼや世界へ逃げ込んで、ついでに話の内容にも、「ぼやぼや???」っと微笑んで、小首を傾げている。


「メガネとハサミは使いよう!」。


 にっと笑って、メガネのつるを両手で握り、バタフライさせながら呟く。


 そして、メガネを外したまま、堂々とどこでも闊歩する。注目されていようが、その視線が見えないのだから、そんなものは屁の河童だ。


 こんな便利なアイテムを、手放す気はさらさらない。ただ一点、なぁ―――んにも見えないから、自損事故は日常だ。


「おっとぉぉぉ―――い!」


 段差で蹴躓く。自動ドアが開く前に踏み出すから、ドアとぶちっとキスをする。


「この青あざは、いつ作った?」


 帰宅して洋服を脱ぎながら、メガネをかけて全身くまなくチェックする。記憶にない青あざが、四肢のところどころに浮き上がっている。


「ふぅぅぅぅ―――――!」


 私は諦めの大きなため息をついて立ち上がると、メガネを外してのそのそとホームウェアに着替えたところで、はっと、気が付いた。


「メガネ……。どこへ置いたっけ……」


 鉄板の探し場所は頭上だ。そっと頭を触ったが……ない! やっちまった! メガネをどこに置いたか忘れてしまった。


「メガネ~。メガネ~。メガネちゃん~。愛するあなたは、どこ行ったぁ~?」


 しばらく、そっとベッドの上に手を這わすが、メガネに当たらない! メ・ガ・ネ……がぁ――――――――クレッシェンド! ない!(フォルテ)


「え……っと……? 確かに、ベッドの上に置いたはずなんだけど?」


 枕の横。ベッドサイドテーブル。鏡台の上などをまさぐる。あっ、「まさぐる」って卑猥! と思うが仕方がない。


「ダメかぁ~」


 ベッドに座り込んでクッションを抱きしめ、メガネを探すことを諦める。やがて、おもむろにベッドから降りると、本妻を探すためのメガネをかけようと、愛人一号が収納された引き出しを開ける。しかし、そういう時に限って、ないのだ!


「え? 愛人一号にも逃げられた? わぁぁぁ――! どこ行っちゃったのよぉ――――!」


 一号がダメなら……。次は、愛人二号のところへと向かおうとしたが、二号を置いた場所を忘れちまった!


「どうしよう……」


カック―――ンと頭を後方に倒して天井を見上げると、人体の構造上、頭蓋骨が反り返って顎がてっぺんを向き、だらしない「ぽかん口」になる。眼球も上瞼に半分格納され三白眼だ。これを「あほ面」と言う。何気に呟く。


「あほぉ―――! あほぉ――――――! あほぉ―――――!」


 これまた鉄板の、ひとり木霊こだまだ。


「残るは……」


 私はスリッパを履こうとしたが、左が見つからない。


「スリッパにまで拒否られた!」


 右足だけスリッパを履いて、そろそろと歩き出すが、ものを平面状に置く癖があるから、けもの道を歩くような状態だ。しかし、そこを歩ける必須条件は、メガネをかけているときのみだ。


 私は、おっぴろげた雑誌や洋服・スナック菓子などを、ウルトラマンのごとく蹴散らしながら玄関へ向かう。


 その途中、ダイニングテーブルの角で、したたか左足の小指をぶったことは言うまでもない。


 そして、玄関カウンターに置かれた、自動車のキィを探ぐりあて、外へ出る。

 階段は、「今の私は滑り台~♬」と言わんばかりに、のっぺらぼうだ。手すりを握り、つま先でつんつん角を探りながら、そろそろと降りていく。そして、着地!


「やったぜ! クリア―――!」


 誰に言うでもなく雄たけびをあげる。


 自動車の助手席側のドアを開け、ダッシュボードの中を探ると、最後の砦! 自動車運転中にメガネがぶっ壊れた時の保険のために置いてある、メガネケースに手をかけた。


「やっと見えるよぉ~」


 メガネをかけた時の、私の気持ちがわかるだろうか?


「ああ、無限の宇宙空間! 幾多の星々が美しい!」


 夜空に向け、ピッ! と「無課金おじさん」ポーズを決める!


 戻ってみたら、部屋の中は泥棒でも入ったかのようなありさま。しかし、最優先事項は、本妻と愛人一号二号の救出だ。


「待っててね。すぐに探し出して、あ・げ・る」


 私は、三つのメガネを探し出し、強く抱きしめたかったが、壊れるから「やんわり」で我慢した。


「あなたたちを忘れちゃった、私を許して!」


 ちょっと、シリアスに涙ぐむ真似をして頬ずりをする。


「メガネをたずねて三千里」。長い長い旅だった……。


 私はほっと一息つくと、百均で買ったまま、車の助手席に置き忘れていた、プラスチックでできたⅬ字型のブックスタンド二個をレジ袋から取り出して、黒いマジックインキで愛人一号を置いたところに、裸眼でも見える大きな「1」と書いて置いた。二号を置いたところには「2」と書いてあげた。そう、交通事故や殺人事件の時、鑑識がナンバーを打った標識を置くように。


 私の愛するメガネちゃんたちは、こうしていついかなる時も、ど近眼な私の、大事な大事な相棒なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メガネ星人の呟き 「メガネとハサミは使いよう!」 時には、「メガネをたずねて三千里!」 柊 あると @soraoda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画