メガネとハサミは使いよう! 時には、メガネを探して三千里!

柊 あると

メガネとハサミは使いよう! 時には、メガネを探して三千里!

「あーちゃんてさぁ~。絶対コンタクトにすべきよ! メガネを外したら、『北欧系ハーフ』って言っても、疑う人いないよ? 化粧もしたら、どっかのプロダクションから、絶対に声がかかるわよ? 何なら、私が応募してあげる」


(余計なお世話のありがた迷惑。私、あんたの顔見たくないから、メガネ外してんだけど?)


 テーブルをはさんで正面に座る、顔を覚えたくないからメガネを外して見てる、同僚の名無しのA子さんの声が聞こえる。


 彼女の顔は、私にはぼや―――っとした輪郭と長さもわからない黒髪、眼球があるらしきところが、他より黒ずんでいることしかわからない。要するに、メガネを外したら、人間の顔のパーツの場所しか確認できないほどの、ど近眼だ。


 見たくないものに出会うと、私はそっとメガネを外して、ついでに視線もよそっちょへと流す。うまくできたもので、見えないと聴覚まで鈍感になり、話が! なる。


「ねぇ! 聞いてんの?」


 A子さんの親切らしき言葉に、ふぅ―――っとため息をついて右ひじをテーブルに置き、その上に「北欧系ハーフ」づらを載せて天井を見上げた。当然ただの真っ白け。照明の位置すらよく見えない。


「あのさぁ、私、メガネ外すと鏡に映った自分の顔が見えないのよ。自分の顔がどんな創りか、自分ですらわからんのに、そんなもんになんか価値ある? 見たこともないもんに、お金をかけるほど馬鹿じゃないわよ!」


 そう。私はメガネを外した自分の顔を、はっきりと見たことは一度もない。よって、北欧系ハーフだろうが、北京原人だろうが、どうでもいいのだ。化粧なんか、乙女な高校時代にみんなの真似をして顔を創ろうとしたが、見えないから何をどこに塗りたくって、どこに線引いて、唇なんか……。


「口裂け女!」


 びっくらこいた男子の恐怖の叫びに、口紅……いや、リップクリームすら諦めた。

 

 それからの私は、見たくないものに出会うと、すっとメガネを外して、そっぽを向くようになった。


「メガネとハサミは使いよう!」


 メガネを外したまま、堂々とどこでも闊歩かっぽする。注目されてる視線すら見えないのだから、こんな便利な使い方を手放す気はさらさらない。


 ただ一点、なぁ~~~んにも見えないから、自損事故は日常だ。

「おっとぉぉぉ―――い!」

 段差で蹴躓けつまずく。自動ドアが開く前に踏み出すから、ドアとぶちっとキスをする。


「この青あざは、いつ作った?」


 家に帰って着替えるときにはメガネをかけて、全身くまなくチェックする。記憶にない青あざが、四肢にまんべんなく浮き上がっている。


 私は諦めて立ち上がるとメガネを外し、のそのそとホームウェアに着替えたところで、はっと、気が付いた。


「メガネ……。どこへ置いたっけ……」


 鉄板の探し場所は頭上だ。そっと頭を触ったが……ない!


 やっちまった! メガネをどこに置いたか忘れてしまった。


「メガネ~。メガネ~。メガネちゃん~。あなたはどこ行ったぁ~♬」


 しばらく、そっとベッドの上を手で触るが見つからない。


「え? 確かに、ベッドの上に置いたはずなんだけど?」


 枕の横。ベッドサイドテーブル。鏡台の上などをまさぐる。あっ、「まさぐる」って卑猥! と思うが仕方がない。


「ダメかぁ~」


 私は、メガネを探すためにメガネをかけようと、愛人1号が収納された引き出しを開ける。しかし、そういう時に限って、ないのだ!


「え? 愛人1号にも逃げられた? わぁぁぁ――! どこ行っちゃったのよぉ――――!」


 次は、愛人2号のところへと向かおうとしたが、2号を置いた場所を忘れちまった!


「残るは……」


 私はスリッパを履こうとしたが、片方見つからない。


「スリッパにまで拒否られた!」


 片足だけスリッパを履いて、そろそろと歩き出すが、ものを平面状に置く癖があるから、けもの道を歩くような状態だ。しかし、そこを歩ける必須条件は、メガネをかけているときのみだ。


 私は、おっぴろげた雑誌や洋服・スナック菓子などを、ウルトラマンのごとく蹴散らしながら玄関へ向かう。そして、手探りで玄関カウンターに置かれた自動車のキィを探して外へ出る。


 階段は、「今の私は滑り台~♬」と言わんばかりにのっぺらぼうだ。つま先でつんつん角を探りながら、そろそろと降りていく。


「やったぜ! クリア―――!」


 誰に言うでもなく雄たけびをあげる。自動車の助手席側のドアを開け、ダッシュボードの中を探ると、最後の砦! 自動車運転中にメガネがぶっ壊れた時の保険のために置いてある、メガネケースに手をかけた。


「やっと見えるよぉ~」


 メガネをかけた時の私の気持ちは、いかほどのものか! 戻ってみたら、部屋の中は泥棒でも入ったかのような状態。しかし、最優先は、本妻と愛人1号2号の救出だ。


「待っててね。すぐに探し出して、あ・げ・る💛」


 私は、3つのメガネを探し出し、強く抱きしめたかったが、壊れるからやんわりとで我慢した。


「あなたたちを忘れちゃった、私を許して!」


 ちょっと、シリアスに涙ぐむ真似をして頬ずりをする。


「メガネを探して三千里」


 長い長い旅だった……。


 私はほっと一息つくと、車の助手席に置き忘れていた、プラスチックでできたL字型のブックスタンド2個を取り出して、黒いマジックインキで、愛人1号を置いたところに、裸眼でも見える大きな「1」と書いて置いた。2号を置いたところには「2」と書いてあげた。そう、交通事故や殺人事件の時、鑑識がナンバーを打った標識を置くように。


 私の愛するメガネちゃんたちは、こうしていついかなる時も、ど近眼な私の大事な大事な相棒ちゃんなのだ。


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