第42話 災厄の魔導具師・カズキ
「目を開けて……名前、そうだな……名前は『アル』お前の名前は『アル』だ」
起きているのは扉の向こうで脱走を見張る兵士達のみという時間にかかわらず、部屋の主人は働き続けていた。
テーブルの上に座らされているのは10代後半ほどの男の子……の姿をした魔導具だったが、主人の呼びかけに応えることなく目を閉じたまま……。
「さすがはこの俺の『最高傑作の魔導具』だな!!腹いせに幻バリにレア素材と言われていた、水龍の尾鰭もオリハルコンもミスリルも神獣と呼ばれる天馬の肉もぜーんぶ注いだもんな、注ぎ込む魔力がまだ足りないか」
男は目覚めない男の子に焦る気配なく、両頬を手で包み込むと満足そうに笑った。
「この質感!!さすが俺!!この子を見て誰が魔導具だと思うかって話だよな」
柔らかそうな頬の肉を軽く弄んでから、男は目を閉じて集中を始める。頬を包んでいた両手が光を放ち、大きな魔力が竜巻のように二人を包み込んだ。
「……さぁ、起きて……アル。俺の可愛いアル……」
「…………はい。マスター……」
男の声にようやく男の子は目を開き……男を真っ直ぐに見つめた。
▲▲▲▲▲▲
『い・い・ねっ!!米!!やっぱり日本人は米だよ!!』
「はい、マスターの米に対する情熱はアルにも強く伝わってきております」
アルと呼ばれた少年が一口、一口と食事を口に運ぶたびにアルの頭の中にはマスターである『カズキ』の歓喜の声が響いていた。
「マスター、感覚共有など使わなくてもマスターが直接食べたらよろしいのでは?」
そうすれば僕もずっとマスターと一緒に旅ができるのに……。
そんな魔導人形の願望が聞こえたのか聞こえていないのか、カズキは誇らしげに笑った。
『俺はな!!この城から出ることはできない!!なぜなら!!可愛いお姫様が俺の魔導具を待っているからだ!!』
主人の言葉を無視してアルは黙々と食事を続けた。
世界最高峰の素材を元に作り上げられた最強の魔導人形アル。
彼に課せられた命は、王宮で魔導具を作り続けさせられている主人の代わりに外の世界を見て、世界のグルメを堪能し、感覚共有を通して主人に伝えることだ。
学習し、ある程度の思考も出来るアルは主人が騙され監禁されて魔導具を作り続けさせられている事を理解している。主人をそこから連れ出すことなんて簡単なのだが、主人は一向にアルにそう命じることはなかった。
『アル、俺が魔導具を作り続けるのはな、最前線で魔王と戦う勇者君と聖女ちゃんの助けになるからだ。俺の魔導具が勇者君達の力になる。つまりは俺も勇者一行の一人ってわけだ』
勇者と聖女は魔王との戦いに真面目に取り組んでいるわけではない。
ぶらぶらと観光気分という話も聞いているというのに……自分の主人ながら、お人好しというのだろうかと、アルはため息をついた。
『アル、今のため息はいいぞ!!もうどこからどう見ても人間だな!!』
「はい……ありがとうございます」
▲▲▲▲▲▲
世界最高峰、最強の最高傑作魔導人形アルは焦っていた。
『勇者君……どうして……』
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。
全速力で世界を駆け抜ける。
小さくなっていく主人の声、なのにどうして主人は自分を喚んでくれないのか?
カズキは転移の魔導具を持っていて呼び出そうと思えば直ぐにでも自分の魔導人形であるアルを呼び出せるはずである。
命の危機に陥っている主人がなぜ自分を呼び出さないのかアルには全く理解できなかった。
カズキは城に戻ってきていた勇者により刺された。
カズキの作った魔導具で魔族を根絶やしに追い込んだ王国が次にその矛先を向けたのは王国以外の国々だった。歯向かう国には容赦なく攻撃の刃を向けた。
部屋に閉じ込められていたカズキは当然知らない。
人目を避けて未開の地のダンジョンに籠り、最高の魔物肉を求めて狩りに没頭していたアルも知らなかった。カズキは自分の作る武器は勇者の助けになっていると疑いもしなかった。
最凶の武器を生産し続けるカズキは世界の敵として扱われていた。
カズキの作った魔導具を携えた王国の騎士に命を奪われた聖女の仇と、勇者が乗り込んでくるなど知らなかった。自分の作った魔導具で殺されるなど思いもよらなかった。
必死の思いで王宮に辿り着いたアルが見たのものは、狂ったように主人の体に刃を突き刺し続ける勇者の姿だった。
怒りのままに勇者を殺したい衝動に駆られるアルだが、勇者の持っていた魔導剣を奪い取り粉々に握りつぶした。
「お前もこの剣のように潰してやりたい……なのに、なのに主人は命じてくれなかった」
武器を奪われ素手で向かってくる勇者の攻撃を避けることもせずに無視をし続け、アルは変わり果てた主人の亡骸を抱き上げた。
小さくなっていく主人の声、主人から最後に受けた命令。
『復讐なんて馬鹿な事はしなくていい。アル、君は思考できる。心も感情もある。君は自分で主人を探すんだ。君の愛を見つけ、俺の代わりにこの世界で幸せになってくれ……もしも……もしも生きていくことが辛くなったら【魔力灯】を壊してもいい……でも、それは本当に本当の最後の手段だからね。それまでは……俺の代わりに……』
アルは主人の命に背いた。
人間が誰も来ない島で、【魔力灯】を主人の首に掛けて、主人の身体を抱きしめて眠った。自分に魔導具を作り出す力はないが、魔素から主人の魔力変換させる【魔力灯】の力を注ぎ続けたら……その身体を媒体に魔導人形として目を覚ましてはくれないだろうか?今度こそ一緒に旅をしてくれないだろうか?
せめて……一緒に……眠り続けましょう。
数十年、数百年……人間であるカズキの身体は朽ちて、肉も骨もやがて魔素へと分解された。洞窟内に吹く風がカズキの名残を全て空へと運び去っていった。
伝説の魔導具師が全てを注ぎ作り上げた魔導人形はいつまでも変わらずに美しいまま眠り続ける。
後を追うことも、共に眠ることも叶わぬまま……
魔導人形は静かに一人眠り続けた……
異世界転生?伝説と呼ばれた魔導具師は『悠々自適』に憧れる @noronoro_tanuki
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