第41話 【ギルバード視点 4】

集まったメンバーと海の果てをただ黙って見つめる。

静かな海は何も変わったところはないが、不穏な気配だけはビリビリと空気を震わせていた。

気配の主は、まだまだ姿を見せてはいないが、他のメンバーの額にも冷や汗が滲んでいるのがわかる。

一点を見つめていると遥彼方に、ソレは姿を現した。


飛行型の魔物……その大きさが尋常で無いのが遠くからでもわかる。


「ギルさん……街……守れますかね?」


目線はその魔物から逸らさぬままノートンがゴクリと喉を鳴らした。

だがその瞳に宿るのは恐怖じゃない。


「わからないな。ただ全力でぶつかるだけだね」


街を守ろうという使命感でも正義感でもない。


ビリビリと肌を痺れさせる魔力の気配。

街の危機だというのに俺たちが感じているのは一様に『高揚感』だ。

冒険者として成功し、安定した今では感じることの少なくなった、強者と対峙した時にのみ感じられる高揚感。忘れかけていた緊張した命のやりとりの予感。未知の魔物との遭遇に杖を握る手に力がこもる。


「どんな魔物か……楽しみだな」


「ダンジョンの深層部に住むケルデウルドラゴンです。引っ張ってきました」


突然の返事、どこから現れたのか俺の隣にカズキ君、いやアル君が立っていた


「いつの間に……」


驚く俺たちの前でアル君は俺のマジックバッグ、その真ん中に大きくあしらわれた魔石に触れた。


「転移陣を書き込ませて持ってますので、いつでもあなたの元に帰れるように「危ないっ!!」


ドラゴンと呼ばれた魔物が口から炎を吐き出し、防御体制に入る俺たちの前でアル君は拳を振って……その風圧だけで炎を気散らしてしまうやいなや空へ飛び上がってドラゴンの頭へカカト落としを決めた。


「話が終わるまでちょっと待っててね」


巨大な水柱を上げて海の中へ沈むドラゴン。

何事もなかったように俺たちの前に着地を決める小さな体。


ドラゴン?滅んだはずのドラゴン?

その力は炎ひと吹きで街を壊滅させることができるというドラゴン。

それを彼が連れてきた?彼の狙いとは一体……。


「アル君……君はあのドラゴンで何をしようと?」


街を滅ぼそうというのか?


ゆっくり近づいてきた小さな体は俺の前で止まると、覗き込むように見上げて笑った。あの日、別れる間際に見せた笑顔。


「やっぱり最初はドラゴンステーキでしょう?」


「「え?」」


緊張して待って、その口からこぼれた答えに一同、口を開けて固まる。

固まったままの俺の胸にアル君は甘えるように頬を寄せた。


「どうですか?僕、役に立ちませんか?」


「え?えっと?」


誰も何も言えずにアル君を凝視するだけ。


「ギルバード様のお望みなら何だって……だから、だから僕の……」


先ほどあの巨大なドラゴンを蹴り一つで沈めた体が小さく震えている。抱きしめて包みこんであげた方がいいのだろうか?


守るように抱きしめると、腕の中で小さく震える最強の存在は震える声で小さく告げた。


「僕の新しい主になってください」


真摯な願い。

魔導人形が己の意思で主を変える?

カズキがこの子に最後に命じた事とは?


「僕の愛……受け取ってもらえますか?」


顔を上げて不安そうに笑ったアル君の背後では、巨大な水柱が上がり怒りを目に宿した『ドラゴン』と呼ばれた魔物が姿を現した。俺たちの夢が……目の前に……。


ああ、なんて強烈な愛だろうか。

こんなに熱烈な告白は初めてだな。


「アル君、俺は君の笑顔をもっともっと知っていきたい」


細い肩に触れて、抱きしめていた体を離し杖を握り直した。


「『ドラゴンステーキ』!!アル君の愛、ありがたく戴くぞ!!」


強大な……夢にまで見た伝説との対峙にメンバー達も今までになく士気が高まった。


ーーーーーー


メンバー全員、疲労困憊。

疲労というか瀕死に近かった。


ドラゴンとはこれほど強い魔物だったのか。

全員砂浜に横たわったまま、最強の敵とやりあえた事に満足感を抱いていた。


「回復魔法かけますね」


「ああ、頼むよ」


髪型すら乱していないアル君が俺たちを見下ろしながら魔法をかけてくれた。


出過ぎず、さりげないサポートに徹してくれていたアル君のおかげで俺たちは何とかドラゴンに打ち勝つことができた。


他の冒険者たちも集まってきていて、絶滅したと言われていたドラゴンを食べるのは待ってくれと協会から懇願され……これは流石に国が動くレベルの話なので俺たちは大人しく引き下がり、それでも充足感で拠点へと帰ってきた。


「そうだ。アル君が姿を消してから俺とリストで『白米』の可能性がありそうな物を採取しておいたんだ。確認してもらってもいいかい?」


広場に採取してきた植物を全て並べて仕分けしてもらう。


「この実は潰して濾せば良い調味料になります。こっちは砂糖代わりに使えますね。そしてこれ……」


アル君が手にしたのは、沼の中に生えていた背の高い植物で、その穂先には小さな実が密集していた物だ。


「これが『米』です。これを料理すると『白米』になります。ドラゴンステーキによく合いますよ」


本に載っていた記述を思い出して、みんな唾を飲み込む。

ああ、やっぱり無理矢理にでもドラゴンを奪ってくるんだった!!


「やっぱり食べたかったですね……ドラゴン」


「ドラゴンステーキは全冒険者の夢だからな」


「魔力が完全回復してたらぁ……そこにいた奴ら全員眠らせてやったんですけどぉ……」


一様に落ち込むメンバーに、アル君は満面の笑顔を向けた。


「みなさんの食事に『おかわり』はつきものなのはしっかり承知しております。楽しみましょう、ドラゴンステーキを」


広場の真ん中に山が現れた。

いや、ドラゴンの死体だった。

俺たちが倒したドラゴンとは違う、外傷は……大きく陥没した脳天のみ。


「アル君まさか……」


最初の一撃で既に一体倒していたのか?


「連れてきたドラゴンは一体とは言ってませんよ」


瞬間、メンバー全員にもみくちゃにされるアル君だが、嫌そうな素振りはなく少し困った様な戸惑う顔だが嬉しそうにしている。


「あの子にはやられっぱなしですね」


「ああ、あの子を連れてきてくれてありがとう」


「こんな事になるとは、予想外ですけど……」


リストは困惑した顔だがアル君が戻ってきてくれた事に対する喜びが伺える。

それは、食事のことだけに関してはないのは俺も同じ……。


「感謝はしてるけど……譲らないよ?リスト」


「え?どういう……あ……それって、ええ??」


もう勝敗なんて決まってるじゃないですかと頭を掻くリストの横から離れ、賑やかな輪の中心の人物に手を伸ばした。


「マスター」


俺が伸ばした手を握り締めて、表情豊かになった顔で笑う。まるで本当に心があるかのような笑顔。


今までも甘えてくる姿は可愛いと思っていたが、表情が追加されるとその破壊力は半端なかった。

胃袋も心も掴まれたってやつかな。

アル君、君が何者でも、たとえ人間じゃなくても……。


「アル君、一緒にこの世界を食べ尽くそう。まずはドラゴンステーキだ1!」


「はい!!最高のステーキに仕上げて見せます!!」


ドラゴンを解体するには小さすぎる包丁を握り、俺の可愛い魔導人形は愛らしく笑った。

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