第40話 【ギルバード視点 3】

「カズキ……君?」


攻撃を魔法で弾こうかと思っていた俺とゾーラシュピンの間に突然カズキ君がゾーラシュピンの脚を手で掴んで立っていた。どこから?移動してくるのに全く気が付かなかった。

それよりもあれだけ怖がっていたのに、今は全くその気配はなくゾーラシュピンの脚を素手で掴んでいる。これは……纏うこの気配は……。


「アル……君?」


「ゾーラシュピンの糸を採取するのに情けを見せていては非効率ですよ」


そう笑った小柄な体は、脚を掴んだまま飛び上がるとその脚を根本からもぎ取ってしまった。怒り狂うゾーラシュピンの脚を一本また一本ともいで行き、遂に最後の一本をもぎ取るとその脚でゾーラシュピンの体のくびれに突き刺し地面に磔に。


「こうして死なない程度に動きを封じてしまえば、あとは糸を出すしかできませんから」


逃げようともがき暴れ糸を無造作に吐き散らすゾーラシュピン糸を何の感情も無い表情のまま、先ほど弾かれた俺の剣で巻き取っていく。


ただ呆然とその姿を見守る俺たちの前で、糸を吐き尽くしたのを確認して「ありがとう」と小さく呟きとどめを刺す姿。そこに『カズキ君』である面影はなかった。極限の恐怖から逃げる為?きっかけはわからないが、そこに立っている彼はもう完全に『魔導人形』としての自分を取り戻したようだった。


彼はこの先をどうのだろうか?

主人からの本当の命令は?俺が主人でないとわかった今、俺たちと行動を共にする理由はない。彼の判断は……。


俺に剣を握らせると、ニコリと笑って立ち去った。


初めての笑顔だった。

最初で最後の笑顔だった。


ーーーーーー


「カズキは今頃どこで何をしてるんでしょうかね……」


カズキ君のご飯にすっかり虜になっていたリストは覇気のないため息ばかりついている。カズキ君からの憎まれ口にも飢えているのかもな。


あの日、カズキ君が姿を消してから数日が経った。

必要以上の糸を入手して、リストとフォイト湿地で『金色の稲穂』の言葉だけを頼りに、それらしい植物は集めてきた。俺たちにはそれをどうすればいいのか全くわからないが。


あれからこの世界は何も変化はない。

『錬金術師カズキ』の願いはこの世界の掌握でも滅亡でもなさそうだった事に安堵する。あの子は戦って何とかなる子ではない。勝機があるとすれば『魔力切れ』だろうが、彼の戦闘スタイルは恐らくは肉弾戦。

何故かは知らないが『カズキ』であろうとして無理やり魔法を使っていたのだろう。魔導具すら作り出すほどの執念で。


「カズキは……本当に魔導人形だったんですかね」


魔力を見ることはできないリストは、俺が伝えたとはいえ、信じ切れてはなかったんだろう。寂しそうに呟いた。


「伝説の時代から今まで生きていたならそうとしか考えられないだろう。あのペンダントから主人の魔力を供給するしかできない可哀想な……魔導人形だよ」


どこかで魔力を切らしていないだろうか?あのペンダントを失くしてどこかで……。


「しかしなぜ魔力の供給をあのペンダントの形にしたのでしょうね?」


「そうだね……」


それは俺も思った。

あのペンダントは彼の生命そのもので、言うなれば一番の弱点だ。

体内にその機構を組み込んでしまえば弱点を晒すこともないはずだ。


「制御できなくなった時の為でしょうか?」


「いや、カズキ君は作った魔導具の解体も一瞬でできていた。制御できなくなれば解体をすればいいだけだ」


それならばなぜあのペンダントという形にしたのか……。


「ギル様は何故だと思いますか?」


「俺は……」


俺ならば……。


「彼が自ら死を選べるように……かな」


主人を亡くした魔導人形は何を考え生きていくのか……思考なんてないのかもしれないが、アル君の中には確かに主人へ対する愛を感じた。


死を選べるのは、大切な主人を亡くし永遠の命を生き続ける魔導人形への主人からの愛ではないだろうか。


「死……ですか?」


「真実なんて確かめようはないけどね。大切な人を失って一人で永遠を生き続けるなんて辛いだろう?」


ましてや魔導人形、自らの意思の楽しみや目的なんてないだろうに。

主人が死期を悟り眠りにつかせたのか、主人のあとを追って自ら眠りについていたのか……何が起こったかわからないが、彼は目覚めてしまったのだろう。


一人で、この世界で。


「じゃあもしかしたらカズキは……」


また眠りについてしまったのかもしれない。けして追うことのできない主人の後を追って……。


重い沈黙が続いていたが、体の芯が急にざわつき始める。


何か、凶悪な魔力を持つものがこの街へ近づいている。

感じた事の無い強大な存在感。


「何かが近づいてくる……海、ラクドリアの方向だ。リスト!!急いでみんなを浜へ集めてくれ!!協会へ何かが近づいてきていることも……俺は先に行ってる!!」


リストに指示を残して窓から飛び出した。


あんな存在を街へ近づけるわけにはいかない。俺たちだけで何とかなる相手では無いかもしれないが、俺たちで手が出ない相手なら誰がきても犠牲を増やすだけだ。

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