第39話 ごめんなさい
ローストビーフの熱の入り具合はバッチリだと思う。中までちゃんと熱が入りしっとりと仕上がっている。寝かせておいたから肉汁もしっかり落ち着いていて、少し厚めに切ったローストビーフは噛み締めるたびに溢れてくる。
「生肉だと思っていたけど、ちゃんと中まで温かいんだね」
「切り分けてる時はメル、ナルコンビが作ったあの消し炭肉を思い出してしまったけど、さすがカズキ!!全くの別ものだな!!」
結構一枚が大きめなんだけど一口ですか……俺はナイフとフォークで切り分けながら食べているのだが、二人は一枚を一口で食べていく。
「この芋も初めて食べる料理だよ。本当に美味しい……ミークの実を砕いた物をかけた事で、味見の時とはまた違った味わいだ」
「本当は食感も足したかったんですけどね」
誰かさんが粉になるまで砕いてくれたからな。
「ダンジョンでも美味しい魔物が見つかると良いですね」
「あ……あぁ、そうだね」
「食べられない魔物ばかりなんですか?」
何でも食べそうな二人が同時に目を反らすなんて……なにがあるんだ?
「好きな人は好きだって言うな」
「そうだね、好みが分かれるかもしれないな。俺達はあまり好んで狩らないかな」
ゾーラシュピンがどんな魔物か知らないけど、口振りをみるに高難易度のダンジョンというわけでは無さそうだ。
ただ人気のない依頼との事……『米』の為にわざわざ受けてくれたんだよね。
ちゃんと役に立って御礼としなければな。頑張りますよ、俺。
ローストビーフサンドも良いけど、早くローストビーフ丼も食べたい物だと、ダンジョンは軽くみて、気持ちはフォイト湿地へと旅立っていた。
ーーーーーー
ごめんなさい!!無理です!!俺、頑張れません!!
「お前でも苦手なものがあったんだな!安心するよ」
リストの嫌味に言い返す余力も無く、身を隠したまま目を閉じ座り込んで身体を震わせる続ける。
ゾーラシュピン……『糸』って言っていた時点で悟るべきだったんだ。
狭く細い洞窟を時折襲ってくる小型の魔物を狩りつつ、これがダンジョンかぁ~等と呑気に構えつつ進んでいった奥にそいつはいた。
少し広くなった洞窟内にびっしりと張られた半透明の糸、糸、糸……。
そこに向けてリストが、捕まえていた生きた魔物を放り投げる。
身体を糸に捕らえられてもがく魔物の振動に……ヤツはゆっくりと姿を現した。
薄暗い洞窟内、リストの掲げるランプに照らされ光る8つの……大きな眼が並んでこちらを、見ていた。俺達を確実に視界に捕らえ、警戒しながら8本の腕で器用に魔物の身体を転がしながら糸に絡めていく……。
「く……蜘蛛……」
全身に悪寒が走り、立っている力さえ失ってその場にへたり込んでしまった。
ただでさえ蜘蛛が苦手なのに数mもある蜘蛛とか無理!!
「カズキ君……もしかして虫苦手?依頼でカーブンの駆除とか軽くこなしてたから平気なのかと思ったんだけど……」
ギルバードが立ち上がらせようと身体を支えてくれようとしたが、隙を見せた事でゾーラシュピンの糸が俺を目掛けて飛んできた。
見えている、見えているのに体が動かない俺の前に影が飛び込んでくる。
「カズキ離れていろ。糸の採取はこっちでやる」
大剣を器用に振り回して吐き出された糸を巻き取っていく。なるほど、こうやって採取をしていくのか。
ずりずりと後退する俺の前でリストは次々に吐き出される糸を剣で絡めとる。
無理だよ、あんなでっかい蜘蛛。カーブンは害虫だったけどコイツはまごう事なく不快虫。姿の見えなくなる岩の裏に隠れて悪寒に体を震わせ動向だけを探っていた。
やつの足は鋼鉄のように硬いのか、金属がぶつかるような音も聞こえてくる。
「本当にこの依頼は厄介だよね」
「殺してしまうと糸は採取できないですからね」
奴が気持ち悪いということだけでなく攻撃を避けつつ、糸を吐くのをひたすら待たなければいけないというのがこの依頼の面倒なところらしい。手伝いに出て行きたいが……。
チラッと様子を伺うとヤツと目があった気がして慌てて体を隠す。
無理、無理、無理、無理、無理!!
キィィィィンと一際高い音が響く。
「8本の脚は本当に厄介だ。敵対させないと糸を吐かないし、攻撃をただ受け流すだけというのも難しいね、剣はあまり得意じゃないからついやってしまいそうだよ」
ギルバードの剣が壁に刺さっているのが見える。
怯えて逃げてる場合じゃないんだ。
俺が戦わなきゃ……僕が守らなきゃ……。
頭の中に目に見えてるものとは違う映像が流れ始める。
二人の男、一人は俺だ。俺ともう一人は……。
『勇者君!!久しぶりだね!!元気だった?魔王は倒せた?俺が作ってきた魔導具は君の役に……』
勇者に駆け寄った俺の腹には、俺が作った魔導具。
刺した相手の魔力を吸い取るので回復の魔法も全て吸い込まれていく。
「お前が……お前の魔導具が愛菜を殺したんだっ!!愛菜の仇!!死ねよおっさん!!」
勇者はもう一振りの剣を振り上げる。勇者のみが操ることのできる勇者のための剣。
回復もできず、勇者から告げられた言葉に戸惑い魔導具の分解もできずに意識の薄れていく俺に、その剣は躊躇することなく振り下ろされた。
違う。俺じゃない。
殺されたのは『俺』じゃなく僕の……『マスター』だ。
僕は間に合わなかった。
助けられなかった。
僕は……僕は『世界で唯一の魔導具師カズキの最高傑作』
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