君ならばそれだけで
藤咲 沙久
レンズの下は
メガネをとったら美人とか美形とか。フィクションでよくあるそれは、あまり好きになれないネタだった。まるでメガネが美貌を損なうアイテムみたいな扱いだと感じるからだ。
その影響もあるんだろうか。時々見かけるのが、現実のメガネユーザーに対する「外した顔見せて」という謎の要求。戸惑いながら応えてみたら特にリアクションもされない、なんて光景に意味があるのなら教えて欲しいくらいだった。
ほら、今だって。
「ねー
「ばっかお前、宮坂さん元々可愛いだろ? で、とってみてよ」
「えっと……」
ギャハハと上がる品のない笑い声。それだけでもちょっと腹が立つ。そこに加えて暇つぶしで宮坂さんにちょっかいをかけてるのも腹立つ。
でも一番「コイツめ!」と思うのは、こんな時に好きな女の子を格好よく助けてあげられない、自分なのだ。
「宮坂さん。
小さな声だった。昼休みを教室で過ごす大半の生徒には気づかれていない。ヤンキー二人組の後ろからだったから、彼女からも俺の姿が見えてなかったかも。切ないほどに弱っちい。
「あ……
意外にも宮坂さんはすぐに反応して立ち上がってくれた。よく俺だとわかったなと一瞬嬉しくなったけど、同じ美化委員だからかと考え直した。それが現実的な解釈。ただ、宮坂さんが少しホッとした表情に見えたので俺も安心した。
文句をたれる彼らを置いて、二人でそそくさと教室を後にする。完全にでまかせだったので気まずいところだが、とりあえず職員室の方向へ歩き始めた。
「嘘、だったんでしょ」
「……え、あ、バレてたんだ」
「だって君も教室にいたのに、突然先生に呼ばれてるなんて言うから。でもありがとう。ちょっと困ってたから」
宮坂さんが小さく笑う気配がしたけど、気恥ずかしくて俺は前を向いたまま頷いた。いつまで隣を歩いていても許されるかな、とどぎまぎしながら。
「俺、あれ、好きじゃないんだ。なぜかメガネ外させたがるやつ。変な遊びだよな」
「うん、よくある。ほんとに理由がわからないよね」
「そうだよ。宮坂さんはすごくメガネが似合ってるんだから、それでいいじゃないか」
「え?」
「えっ?」
驚いた声に驚いた。なぜ驚かれたのか考えた。緊張して顔も見れなかったくせに、俺は何を口走った。
「……っごめ、ごめん、変なこと言って!」
身体中の血液が沸騰した気がした。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。女の子に、宮坂さんにサラッと褒め言葉をかけるなんてキャラじゃない。引かれた可能性だってある。色んな要素が羞恥心を刺激し、頬が熱をもつのがわかった。
「……ふ。ふふ、庄司くんてば真っ赤。いいよ、嬉しいよ。ありがとう……んふふ」
「お、怒ってない……?」
「ううん、むしろ、ふふ。本当にそう思ってくれてる感じがして、照れちゃいそう」
「そ、そ、そっか。よかった。よかった?」
今度は勇気を出して右隣を向いてみる。本当に照れたみたいに、宮坂さんもほんのり頬を染めていた。可愛かった。
「ふふ。私、かなり目が悪いから外すと目細めちゃうの。だから嫌なんだけど……みんな何をそんなに見たいんだろうね」
そう言って笑いながら宮坂さんはさりげなくメガネを外した。視線が合った先は、俺の表情を見るためかグッと細くなる。遮るもののない彼女の素顔を見たのは……初めてだった。
「……わ」
「ほら、人相悪くなるでしょ。せっかく庄司くんが似合うって言ってくれたし、やっぱり外さないように……庄司くん?」
眉間に皺を寄せるような顔つきは、確かに普段の穏やかさを半減させるんだろう。なのに、俺は自分の体温が一度くらい上がった気がした。胸の高鳴りが彼女に聞こえてしまいそうだ。
(メガネの下がどうとか、関係ない。……好きな子のことを新しくひとつ知った、それだけで、もう)
メガネをとったら美人とか美形とか。フィクションでよくあるそれは、あまり好きになれないネタだった。でも、もしかすると。メガネが美貌を損なっているのではなく、もともと気になっていた相手だからこそのトキメキがそこにはあったのではないか。そう思わずにいられなかった。
「そんなに変だった……?」
「……え、あ、ううん。大丈夫。外してもちゃんと……」
可愛かったよ。そんな台詞がうっかり以外で言えないのが、俺なのだ。
「外しても、ちゃんと、宮坂さんだった」
どう思われたかわからないが、宮坂さんは「何それ」と笑顔を見せてくれた。
君ならばそれだけで 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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