最新鋭メガネのあいつ

矢口こんた

第1話 藤波の 思いもとほり 春の花芽(かが)


 ――どうしちゃったんだろ、わたし。なにこれ?


 あのとき、ため息混じりのあいつに「キミはバカなのか」なんて言われてから、ずーっと変だよ、わたし。


 やっぱりバカとか言われて、怒ってる? じゃない、怒ってなんかないっ。でも、なんかこう、すっごくドーーンって衝撃が来て、からだ中にびびびーって何かが走り回ったの。


 それからしばらくは、心臓の音が周りにも聴こえてるんじゃないかってぐらいドキドキがやばくって、必死に胸の辺りをおさえてた。


 いつもなら、アイツに10倍返しで言い返してやるんだけど、――はっ! と気づいて「はぁぁあ? バカなのはあんたの方でしょ」って指差したときには、もうアイツは居なかった。


 あの時の生温かーい周りの目ったら、もぉっ、むーっちゃ恥ずかしかったんだからね。

 思い出したらなんか、腹立ってきた。あ、やっぱりわたし、怒ってるんだ。

 わかった、あした会ったときに、100倍返しにしてやるんだから。


 よし、今日はもう寝る!


 ――――――


 静かな夜、あったかい布団にくるまると、いつもなら秒で夢の世界なんだけど……。


 ――うぅーん、なんか寝れない。アイツのこと思い浮かべたら、なんだかドキドキして眠れないじゃない……のよ。どうしたんだろ。やっぱり、なんかへんだ。


 もーっ! 覚えときなさい。



 ――――――



「ちょっとぉ、春霞はるか、聞いてる?」


「え? あ、うん、聞いてる、聞いてる。昨日もケモミミ戦隊ケモミンジャー可愛いかったねー」


「もぉ! その話は、とっくに終わったって。――どうした? 朝から眠たそうな目、してるし、もしかして寝てないの?」


 梓弓あずみが隣の机に腰掛けて、わたしに聞いてくる。今日はずっとこんな調子。あんまり人の話が頭に入ってこない。


「まぁね。昨日の夜さぁ、どっか行けーって思ってるのに、あいつがわたしの中をずーーっとかき回してくるの。――そんで、いつの間にか雀がちゅんちゅん鳴いててって感じでさ、結局、ほとんど寝てないんよ」


 ――ごめんね、梓弓。全部あいつのせいなんだ。


「…………」


「ん、梓弓あずみ? あれ? おーい」


 わたしの話を聞いて固まった梓弓の目の前で、手のひらをひゅひゅっと振ってみる。――だめ、目は大きく見開いてるけど、瞳に光が差していない。

 仕方ないから、5時間目の準備でもしようと机のなかごそごそしてたら、


「えぇぇーーーっ! も、もも、ちょっ、そ、そうなの、春霞? あれだよね、あいつって、6年3組の藤波ふじなみ海里かいりくんのことだよねっ」


 さっきまでスリープモードだった梓弓が再起動し、きょろきょろしながら、両手をパタパタ羽ばたかせた。そして、机をダンって突き、わたしにぐぐっと寄ってくる。……? 顔が近すぎっ。そのままちゅーするぞ、なーんて。


 ――でも、どうした急に、またハイテンション病?


 ちなみに、隣のクラスの藤波海里っていうのは、わたしと同じく科学クラブに入ってて、4年生の時からよく顔を合わせてるんだけど、クラブ以外でもよくわたしに突っかかってくるやつだ。そして、梓弓はわたしの大親友。


 などと、思ってたらあいつ、藤波がのこのことやってきた。


「おう、藤波! 昨日はよくもやってくれたな」


 わたしは席を立ち、藤波に指を差す。昨日、みんなに生暖かい目で見られてしまった仕返しをせねば。


「え、は、春霞。みんなの前でそんなオープンにしなくても」


 梓弓あずみが周りを気にしながら、わたしと藤波の間にさっと入る。運動神経は凄いんだけど、きょろきょろしてるその姿は挙動不審者そのもの。


「ん、なんの話だ? 昨日は君に量子重力理論 (☆注1 を参照)を説いてやっただけだと思うが」


「何言ってんの、その説明じゃ辻褄が合わないって言ったでしょ」


 ――あ、違う。これだとまた昨日の話の続きになるし、そうじゃなくて……。


「なに、話を逸らそうとして……」


 わたしが言い切る前に――、


「ん、ボクが、話を逸らす?」


 藤波はそう言って、メガネをくっと押し上げ鋭くわたしを見た。


 その瞬間、またドーーンってきた!


「そ、そら……」


 ――あ、あれ? どうしたんだろ、藤波を直視してたら、なんかわたしの中をびびびって駆け回って……。


 ――わわっ、またドキドキドキドキ心臓がうるさくなってる。あ、ヤバい、またなの? なんだか力が抜けていく。




「……か、……は……ちゃん、春霞はるかぁ」


 ――梓弓だ。目の前で心配そうな表情を向け、わたしのほっぺをむにむにしながら呼び掛けてる。

 ん、あれ? わたし、さっきまで、藤波にぎっちょぎちょんに文句を言ってたはずなのに?


「やいっ、聞いてんのか、ふじな……み?」


「あ、よかった、春霞。って、藤波くんなら、もう行っちゃったよ。五時間目、始まるし」


 ――な、藤波のやつ、消えやがったのか。それにしても、なんだったんだ? あいつがメガネをくいって……。


 ん? メガネをくいっ?


「はっ。わかった、メガネだ! 昨日もあのメガネをくいってした瞬間だった。――思い出した!」


「は、春霞、急に大きな声出して、どうした?」


「梓弓、いいか、気をつけろ。あいつとんでもないメガネを開発しやがった。指でくいってすると、対象に向かって、ドーーンって特殊な何かが、襲いかかる仕組みになってる」


「え、そう? どう見ても普通のメガネにしか……」


「そう見えたでしょ? でも、違うの! 危なかった。――いえ、わたしは完全にやられてた、あのメガネに。くっ、なんてやばい物を開発しやがったんだ。あいつは」


 ――メガネをくいって操作するあいつ。あっ、ダメ。あの指先の動き、そしてレンズの奥に光る鋭い目を思い浮かべるだけで、またドキドキしてきた。


 なんだろうこの感覚。あぁ……、なんだか気持ちがふわふわして力が入らない。



――――――



「……るか、春霞ってばぁ。授業始まっちゃうよー」


 梓弓あずみが、ぽーってしている春霞の肩を優しく揺する。



 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーーン。


 五時間目開始を告げるチャイムが鳴り、友ピーこと友塚先生が教壇に立つと、何事もなかったかのように「きりー、れー、ちゃくせきー」と、春霞の号令が教室内に響く。


 教室の窓の外からは、眠りを誘う魔法のような陽気と、体育ではしゃぐ・・・・子どもたちの声。


 春のうららかな教室で、春霞はぽわーんと締まりのない表情を浮かべていた。



 ――あいつ、いま何してんのかなぁ。




——————————————————




☆注1 量子重力理論

言葉の意味はよくわからんが、とにかく凄い理論だ。

一応、調べようとして、娘にラインで訊ねたのですが、『ggrks』と言う謎の暗号が届き、その後、数時間、既読無視されました。……以上。


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最新鋭メガネのあいつ 矢口こんた @konta_ya

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