真実が見えるめがね

五十貝ボタン

友達から聞いた話なんだけど…

 これは私の友達のアイちゃんから聞いた話なんだけど……。

 アイちゃんのクラスに、ヒトミちゃんっていう女の子がいるんだ。勉強もできるしきれいな子で、アイちゃんとヒトミちゃんはよく一緒に遊んでたんだって。


 ある日、ヒトミちゃんがメガネをかけて登校してきたんだ。ヒトミちゃんは目がいいことを自慢してたぐらいだから、アイちゃんは心配になったんだ。

 放課後に、アイちゃんが話しかけたの。

「ヒトミちゃん、目が悪くなったの?」

「ううん」ってヒトミちゃんは答えたんだって。


 でもヒトミちゃんは何か言いたそうにしてるから、ふたりで教室に残ってお話してたんだって。

「アイちゃんはお魚が食べられないんだよね?」

 って、ヒトミちゃんが聞いてきた。アイちゃんは生の魚が苦手だったんだ。

「でも、焼き魚だったら食べられるよ。お刺身とかが苦手なだけ」

「じゃあ、虫は?」

 アイちゃんは何を聞かれたのかよく分からなくて、びっくりして聞き返したんだって。


「虫って?」

「虫は食べるの?」

 からかわれてるのかと思ったけど、ヒトミちゃんはすっごく真剣で、本気で聞いてるみたいだった。

「食べないよ。家で虫なんて出てこないもん」

「ほんとに?」

 ヒトミちゃんがしつこく聞くからイライラしちゃったみたい。


「それより、メガネはどうしたの? 急に目が悪くなったの? もしかしてケガした?」

 アイちゃんは心配してたんだけど、ヒトミちゃんはまだ何か言いたそうにしてたみたい。

「何か言いたいことあったら言ってよ」って、ちょっと怒ったら、ヒトミちゃんはようやく話す気になってくれたみたい。

「他の人に言わないって約束できる?」

「いいよ、二人だけの秘密にしよう」

 ヒトミちゃんが秘密を話してくれるのが嬉しかったから、アイちゃんは軽い気持ちで言ったんだけど……。

「絶対だよ」って言って、ヒトミちゃんが話し始めたんだ。


「図書館で勉強してたんだけど、近くのテーブルに忘れ物があったの」

 それが、いまヒトミちゃんがかけてるメガネだったんだって。

「図書館に忘れ物として届けたほうがよかったんじゃない?」

 ってアイちゃんは言ったんだけど、ヒトミちゃんはもじもじして、

「そうなんだけど、なんだかむしょうにメガネをかけてみたくなっちゃったんだ」

 それで、ちょっとだけって思ってメガネをかけてみたんだって。


「歪んで見えたり、大きく見えたりはしなかったんだけど……」

「じゃあ、だてメガネなのかな?」

「でもね、このメガネをかけてまわりを見てみたら、びっくりしたの」

 教室に他の人はいなかったけど、ヒトミちゃんは声をちっちゃくして、アイちゃんに耳打ちしたんだって。


「メガネをかけて見ると、司書のおばさんがちがって見えたんだ」

「ちがうって?」

「肌は青っぽくてザラザラして、目がぎょろぎょろしてたの。鼻のところがつるっとして、口が裂けてて……トカゲみたいな感じ。びっくりしたけど、声をあげたら気づかれると思って我慢した」

「えっ! メガネをかけたら、顔が変わって見えたの?」

「うん……」って、ヒトミちゃんが頷いた。


「怖くなってすぐ図書館を出たんだけど、メガネを預けるのを忘れちゃってて……。でも、その時はおばさんに気づかれたらどうなるか分からないからこわくて。急いで家に帰ろうと思ったの」

 両手でメガネを直しながら、ヒトミちゃんはきょろきょろまわりを見渡してたって。教室には他に人はいないのに。

「でも、街を歩いてる人の中にも、時々きみょうな人がいるの。尻尾が生えてたり、手足が機械だったり……。メガネを外すとふつうの人に見えるのに、メガネをかけて見ると違う姿になるんだ」

 アイちゃんは怖くなったけど、秘密の話って約束してたから、我慢して聞いてたんだ。


「このメガネをかけると、人間のフリをしてても本当の姿がわかるんだよ」

 ヒトミちゃんは本気で言ってるように見えたって。


「どんな人が多いの?」

「大人は色々。肌の色が緑だったり、体が濡れてたり……ぽたぽたしずくを垂らしてるのに、メガネを外すとそのしずくも見えないの」

「どうなってるんだろう?」

「分かんない。でもその人達も普通に歩いたり、コンビニに入ったりしてるの。普通の人と変わらないのが、逆に怖いよね?」

 アイちゃんもだんだん怖くなってきたんだって。


「子どもにもいるの?」

「ときどき……白目まで真っ黒な子がいるの。目に光が反射しなくて、両目に穴が空いてるみたい……」

「で、でも、何もしてこないんだよね?」

「うん、じっと見られると怖いけど、それだけ」

 ここまで話してから、ヒトミちゃんがアイちゃんの手を握ってきたんだって。アイちゃんはびっくりしたけど、ヒトミちゃんも不安なんだと思って握り返したんだ。


「このメガネをかけたまま、鏡を見たらどうなるかなって思ったの」

「見ちゃったの?」

「うん……。パパやママは人間だったんだけど、鏡を見たら、私は……」

 アイちゃんは怖くて聞きたくなかったけど、手を握ってるから逃げられなくて……。


「ふつうだった」

 ヒトミちゃんはおどけて手を離したんだって。

「いつも通り。たんにメガネをかけてるだけの私だったよ」

「なんだ。びっくりさせないで」

「ごめんごめん。でもすごいでしょ? 人間じゃないのに人間のフリしてるものが見えるの」

「それって、どれぐらいいるの?」

「百人に一人くらいかな……。そんなにたくさんはいないよ」


 アイちゃんはドキドキしたけど、たしかにすごいかもって思ったんだって。


「他にも、ほら。学校の前の交差点。あそこにずっと立ってる人がいるんだ。メガネを外したら消えちゃうけど。たぶん地縛霊だよ」

「えっ? そういえば、あそこで昔、交通事故があったって聞いたことがあるけど……」

「その時に死んだ人がずっと残ってるのかも。でも、見えるだけで何もしてこないよ」

 ヒトミちゃんはすっかり、メガネに見える光景になれてたみたい。


 秘密を聞き終わったところで、ヒトミちゃんがメガネを外したんだって。

「ねえ、アイちゃんもかけてみない?」

 アイちゃんはどうしたと思う?

 ちょっと怖かったけど、人じゃないものが見えても何もしてこないってヒトミちゃんが言ってるし、交差点の地縛霊を見たかったから、かけてみたんだって。


 でも、かけないほうがよかったかもね……。


 そのメガネをかけたら、本当に交差点の真ん中に人がいたんだって。ただ立ってるだけで、車が停まると運転手の方をじーっと見てるんだって。メガネを外すと見えなくなるの。

「本当にいるんだ……」

「すごいでしょ?」

 ヒトミちゃんの方を見たら、もっとびっくりした。ヒトミちゃんの目に穴が空いてるみたいに真っ黒だったんだって。


 アイちゃんは「あっ!」って声をあげちゃったんだ。

「どうしたの?」ってヒトミちゃんに聞かれたけど、「なんでもない」って答えたんだ。

 ヒトミちゃんは友達だし、自分で見た時には普通だったって言ってたでしょ。だから、アイちゃんからどう見えたのか言ったら傷つくと思ったんだって。


 でも、ヒトミちゃんはどう思ってたのかな……。

「見て」って言って、ヒトミちゃんが手鏡を出したんだって。で、アイちゃんに見せたの。

 でも、鏡の中にはいつも通りのアイちゃんが映ってたんだって。そう言ったら、ヒトミちゃんはびっくりしてたみたい。


「そんなわけない!」って大きな声を出したんだって。

 ヒトミちゃんには、アイちゃんのことがどう見えてたんだろうね?

「私のメガネを返して!」って、アイちゃんからメガネを無理やり外して教室から出て行ったんだって。


 それ以来、アイちゃんがヒトミちゃんとお話ししようとしても無視されるようになって、一緒に遊ばなくなったんだって。

 ヒトミちゃんは今でもそのメガネをずっとかけてるんだって。自分にだけ「真実」が見えてると思ってるみたい。


 でも、自分にしか見えてないのに、どうしてそれが真実だって分かるんだろうね?

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