意見する

 目を開けると、僕はむしめがねを持ったままウッドデッキのテーブルに突っ伏していた。


「こんなところで寝ちゃったらダメでしょ」


 お母さんのダメダメ攻撃が始まった。

 僕は、いつものように「はい」と答えかけてやめた。


「でもね、風が気持ちよかったんだ。それで、面白い夢も見たよ」


 お母さんは、いつもと違う僕の反応に首を捻って言った。


「素直に『はい』と言えないのはダメよ」


 僕の意見を通すのは中々大変そうだ。 

 でも。

 人形のように、ロボットのように、言いなりになるのは簡単だけど、間違ってるってわかったんだ。




「お母さん。僕、これが食べてみたい」


 スーパーの片隅でおばさんが売っていた自家製梅干し。『昔ながらのしょっぱい梅干し』って書いてある。


「いつも買っている京都の梅干しの方が高級なのよ。……自家製ってことは、このおばさんが漬けたんでしょう? そんなのより絶対に高級な方が美味しいわよ」


 おばさんに聞こえないように耳打ちする。

 でも僕は意見を引っ込めなかった。


「でもね、僕はこれが食べてみたいんだ。いつものは、甘いでしょう? しょっぱい方が、僕の口に合うかもしれない。食べてみないとわからないじゃないか」


 お母さんは、いきなり反論してきた僕に目を白黒させている。


「でも高いものはいいものでしょう? あなたには、一番いいものをあげたいの」

「お母さんだって、高級でも鮒ずしは嫌いでしょう? 高いものが好きなものとは限らないんだよ」

「でもね……」

「僕の意見も聞いてよ。僕は人形じゃないんだから」



 晩ご飯の時、僕は言ったんだ。


「お母さん。むしめがねって面白いよ。いろんな観察ができるんだよ。お母さんは、むしめがねより顕微鏡の方がすごいからっていいやつを買ってくれたけど、僕はまだむしめがねの方が面白いんだ。顕微鏡は、五年生になったら習うし、その時になったら面白くなるかもしれないけど、今の僕にはまだ早いよ。ミノタケに合うのがいいんだって。ねえ、ミノタケってどんなキノコ?」


 お母さんが吹き出して呟いた。


「身の丈、ね。誰に聞いたの? ......そうね。あなたにはまだ早かったのね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

むしめがねでのぞいてみたら 楠秋生 @yunikon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ