眼鏡について

脳幹 まこと

眼鏡が本体なのは、本当にそう。


 今年のKACがもう少しで終わる。

 過去に比べるとかなり積極的に作品を出した。

 早く出せば多く見てくれるかなと思ったら実際そうでもなく、力作だったらどうかと思っても実際そうでもなく、シュールを狙ってもやっぱりそうでもない。

 評価システムクソったれと思って垂れ流した愚痴(KAC作品ではない)がダントツで評価された。

 色々と勉強になったが、流石に疲れた。

 だから最後の作品は自分について書くことにする。



銀魂ぎんたま」という少年漫画に志村新八しむらしんぱちという人物がいる。

 彼は主役と呼んでもいい立ち位置だが、アイデンティティがツッコミと眼鏡と言われるくらい、眼鏡が彼の重要な要素になっている。その影響たるや、彼の眼鏡だけが登場しても「無事だったか新八」と安堵されるほどだ。

 この「眼鏡が本体」ネタは、時と場所を変えて幾度も繰り返される。(勿論、これはギャグの描写であり、新八本人にも十分な魅力が存在する)


 どうしてこの話を出したかというと、この「眼鏡が本体」という状態は、眼鏡ユーザーの自分からすると、あながち間違いでもないからなのだ。

 眼鏡がないと視界がぼやけて生活に困るとか、それ以前の話だ。眼鏡をかけた状態が前提にあるので、鏡を見た時、眼鏡なしの自分に強烈な違和感を覚えるのだ。眼鏡は器具ではなく、自分の身体の一部であると声を大にして言いたい。

 だから、眼鏡をかけたまま湯船に浸かろうとするのも珍しくない。レンズが猛烈に曇って初めて気付く。その際は恥ずかしいとは思うが、風呂から上がって下着より先に眼鏡をかけるあたり、本心では「曇らなければいいのに」くらいだ。

 眼鏡をかけたまま寝たりもする。あとは眼鏡をかけてるのに更にかけようとする。もはや今が裸眼なのかどうかすらあやふやだ。

 眼鏡ありの自分と眼鏡なしの自分、どちらが本物でどちらが偽物かは分からないが、普段の生活割合でいうなら、前者の自分が圧倒的に多い。だから、眼鏡が本体という件を見るたびに「本当にそうだね」と思う。新八君には申し訳ないが。


 ここまで説明すると、「こいつは大丈夫なのか?」というお声もあるかもしれないが、眼鏡をスマホに変えてみれば気持ちが分かるかもしれない。

 もはやスマホを操作する自分が前提になっていないか。スマホと自分が一体化し、どこでもいつでも用いている。当たり前すぎてスマホを持ちながらスマホを探すことすらある。

 眼鏡にせよスマホにせよ、道具によって矯正きょうせいされた世界を「普通」と捉えるのなら、その普通をもたらす道具達の方がよっぽど本体に見えてくる。私は提供された景色を外側から眺める他所よそからのツアー客だ。


 本物か偽物か。

 少年漫画をはじめ、多くの作品に用いられるテーマだが、私にとってはあまりそそられない。そういうのに悩まされるほど重みのある人生ではないから、というのもあるが、眼鏡によって四六時中矯正されているのもあるのだろう。

 部分的に偽物であり、部分的に本物である。かといって、眼鏡をはずせば全部本物になってくれるわけでもない。すべての状態がどれも自分の側面であり、自分に影響を与えまくっているのだから。

 ただし「有能な方」が本物だというなら、眼鏡の有能さには全くかなわないので、私が全面的に偽物ということになるか。



 今日は雨が降っていて、風も少し強かった。

 気の迷いからか、眼鏡をはずしたまま外を出歩いてみた。

 最初は歩くのにも違和感があった。身長が妙に高くなったように感じて、上手く足を地面に置けなかった。自分の短慮を少しばかり悔いた。

 大体の予想通り、すれ違う人達の顔も、看板の文字も、車のナンバープレートもよく見えなかった。自分の顔も想像出来なくて、何かにつけておどおどしていた昔に戻った気分になった。

 こんな体たらくではあるが、雨に濡れた信号機や照明灯の光が幾つにも重なって幻想的だった。人目がなければいくらでも見ていられた。

 明瞭な風景とぼやけた風景の両方が楽しめるのは、近視の両目のおかげなわけで、これだけでも「儲けもん」と考えられる自分の浅はかさに感謝した。


 ぼんやりした視界のなか、家に帰ったらどうしようかと思う。

 眼鏡をかける。KACは終わる。

 普段の生活に戻って、それからまた別の何かを探すだろう。

 何をすると正解で、不正解なのか。

 流石の眼鏡もそこまではくっきりと示してはくれない。


 とはいえ、まあ、不正解でも。

 やってみたら、意外と何か良いことあるんじゃない?


 本体がそう呟いた。

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