第三話
ある神智学の語るところによれば、この宇宙の外側には我々の創造主である神が存在していると言う。
この世界のみならず、万物の発端とされる極地。それこそが、現代魔術師の目指す最終地点。『最果ての
その座標には、始まりから終わりまでの全ての情報を記録し、世界を創造する神の座があると言う。
そんな高みを目指す争いこそが、二つの拮抗する宗教による『宗教戦争』だ。
宗教戦争はこれまで数十年周期で行われ、今なお百年と継続している。どこかの国では『百年戦争』とも呼ばれるようになったソレの始まりは、ある一人の魔術師が形成した魔法陣によるものだった。
今となってはもう文献でしか遺ってはいないのだが、その魔法は神の座へと続く『神の御門』だと言い伝えられている。つまりは神に至る道ということだ。
根拠も理屈もない全くの夢物語であるが、そもそもが神秘の世界。そんな幻想を信じる魔術師は皆揃って夢想家だ。
そして、この話には一つ条件が存在した。神の道を歩めるのは、”ただ一人のみ”。そんな事実が明るみになると同時に、神という万能の存在は、”大戦を経て平和を築いた世界”をいとも簡単に惑わしてまった。
数多の争いが起こり、やがて今の二つの宗教戦争となった。
戦争と言っても国と国同士の大規模な争いではない。
北の
――――と、月沈からのちょっとした講義の内容は要約すればこんなものだった。
「つまり……この宗教戦争に勝利することができれば、僕は自分の”望み”を叶えられると?」
再度確認をする。この事実は亜紀にとって人生の分岐点でもあるのだ。剣術を対人用に鍛えられた亜紀にとって戦争というものは最も適している。
「そうだ、だがお前の今の技量では勝つことなど不可能だ。体に叩き込んだそれは確かに戦争を前提にしたものだが、この戦争だけはわけが違う」
「と言うと?」
「お前が目指す上で重要なのは、勇者という点にある」
月沈が発した『勇者』という言葉に、亜紀の心はわずかに揺れた。
「なんだ? まさか未だに迷っているとは言うまいな? 人を殺したことがないにせよ、お前はもう善にはなれない。それほど足を踏み込みすぎたのだ」
亜紀はこの月沈という男から人を殺す術を習った。それは醜悪で愚かな人間共に誅を下すために他ならない。だが、一度としてその剣を人間相手に振るうことはなかった。その機会も、力もあったというのに。
月沈の言うとおり、六年間堅く志した勇者としての良心が亜紀の心に燃え残っている。自分の汚い生き方を自覚し、人を殺す術に長けていった。けれど、結局は信念の迷いによってその決断を下すことに躊躇していた。
「……わかってる。今まで以上に剣を持たなければ、心という邪魔者を排除しなけらば、真の強者にはなれないと」
月沈からの教えを復唱した。半ば洗脳に似たそれは、確実に亜紀の”魂”に刻まれていった。
「それで良い。さすれば、きっとお前にも恵みは訪れるだろう」
優しそうで、けれど威厳の入り交じった掠れ声が、亜紀の脳内で何度も何度も再生される。学園で授業を受けているときも、上辺だけで仲良くしている友人と会話をする時も。この灰の日々に、闇の光を与えてくれた月沈という年老いた老人の”怨念”に似た声が。
――――まぁ、そんなわけで、亜紀のこれからの方針は定まった。
もはや理不尽な世界に興味など微塵も残ってはいない。
神がそんな世界を想像したというのなら、直々に僕が座から引きずり落としてくれよう。
「これは誰かの願いの為じゃない、僕自身の願いの為だ」
人助けに身を滅ぼしてきた少年は、その根本から解決するという解を見出した。
それが正しいのかそうでないのかはもはや考慮するまでもない。
きっと、――――全てが終わる頃には、そんな疑念をいだく人間は誰一人として存在しないのだから。
「ほう? ようやく何かに打ち込める目標を見つけたかと思えば、相変わらず目が死んでおるのぉ」
「どんなカタチであれ、希望とは闇を照らす光。こんな腐った世界は、闇であるとしか言いようがないだろう? 神はそんな世界で、僕という異端を創造したんだ」
神が創造主であるのなら、この展開も望み通りということか。
亜紀は部屋の重厚な扉を両手で開けると、月沈の方へ振り返る。
「仮にこの希望が悪だと言うのなら、僕は神さえも斬り殺すだろう」
神に対する侮辱発言は、信仰者のみならずこの国で発言したこと自体が重罪だ。
だが幸運なことに、月沈は神というものを信じてはいなかった。
「そうか、これまた大層なことを……」
馬鹿にするように、不敵な笑みをこぼす月沈だが、内なる顔では新たなる自分の後継者の誕生日に歓喜していた。
そう、月沈の野望は、今叶えられようとしていた――――
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