第七話 

 かつて魔術界の基礎を築いた三人の魔術師。柏巴かしわともえ家、出雲いずも家、青柳あおやなぎ家。始まりの御三家である彼らは全員が貴族だった。


 貴族は君主政治の下に維持されるものだ。

 貴族という階級を認めることは反民主主義だとされている。そんな考え方はおそらく誰にでもあるし、事実貴族に対して良い印象を持てない人間も存在する。


 ”貴族は自分の特権を利用し、豪華な食事や享楽的生活を送る怠け者だ”


 そんな固定観念を払拭しようと表舞台に立ったのが、出雲家である。

 

 魔術師としての実力がありながら、出雲家が代々力を注いできたのはその”偏見の払拭”という形なき利益だった。今となっては落ちぶれるほどではないにしろ、他の家と比較すればやや劣っていると言わざるを得ない。


 そんな大衆の評価にばかり目を向け、魔術を疎かにしたことで朽ちるばかりだった出雲家に、転機が訪れた。

 

 出雲家の四代目、出雲湖東之。

 家を継ぐ者は代々男であったが、四代目にして女の性を引き当てた。本来であればその兄か弟に継がせれば良い話だったのだが、生憎、子を産む母体は生まれつき体が弱く一人がどうしても限界だった。

 世間なら当主が女などと怪訝するかもしれない。


 だが、この出雲家は偏見を許さないことを根本的に置いた革命派の家。たとえ性別が何であろうとも子孫を残せばそれで構わない。加えて、その赤子は魔術に長けていると言うのだから、出雲家としての当主に置くには十分な素質を持っていた。



 出雲湖東之は貴族という家の下に生まれ、幼きうちから英才教育や家訓を叩きこめられ、魔術学園へ入学する頃には『慈悲を施す美徳』を身につけ聖職者として既に完成していた。

 しかし、残酷なことにそれは結局の所本人の思い込みでしかなかった。経験が足りず知識だけしかない人間は実戦に弱い。その鉄則を学び忘れていた。


 彼女が魔術学園へ入学してまだ日の浅い第一学年の頃、教室には、同じクラスメイトからいじめられる男子生徒がいた。

 

『魔術が使えないのはおかしいから、いじめをした』――――と、加害者は実際にそう述べていた。


 慈悲の心を持つ彼女は、当然その男子生徒を救済しなければという使命感に駆られたが、同時にある”可能性”に行き当たった。


 それは、いじめの矛先が自分へ向いてしまうことだ。

 将来管区の上に立つ者として『学生時代にいじめを受けていた』という経歴が存在すれば、大衆からの印象は良いものでないことぐらい想像に難くない。


 最も偏見を嫌いながら、自身が一番偏見をしていることに気づくことができなかったのだ。彼女はその男子生徒が冤罪を被せられ、不条理な罰を与えられる瞬間も”我関せず”を最後まで貫いた。

 

 もちろんいい気分なわけがない。家の名誉を守るためとはいえ、本末転倒のような行動をとってしまった自分と、加害者であるあのクラスメイトと同じ姿をしていた自分に強烈な吐き気を覚えた。

 罪悪感なんて生易しい感情じゃない。それはもっと、遺伝レベルのトラウマとも言うべきだろう。


 彼を見捨てた日から、彼女は自分の過ちを即座に反省し理解した。あの時自分がどんな行動を取ればよかったのか。

 

 驚くことに、彼女はその日のうちに解を得ていた。

 


 一年間。

 湖東之は自分の行動に報いるべく、今もなおいじめを受ける男子生徒の尊厳を回復するため、彼と同じ境遇にいる仲間を募った。

 無能力者と蔑まれた彼の後ろには、幾多の仲間がいる。そのことを、きっと彼自身は気づいていない。

 

 どんなに心が壊れても、孤独はやっぱり辛いものだ。

 そのことを良く知っていた彼女は計二年間水面下で活動し、第二学年の冬ごろ。


 やっと行動に移す時が来た。

 クラスによる常日頃の陰湿ないじめは先生すらも目を逸らし、信じられるのは校長先生しかいない。それに、彼に対する悪い噂はどこか発生源がある。

 

(伝えなきゃ……)


 本人にはこの事を明かさずに行動しても良かった。彼と同じく、この状況に不満を持つ生徒は多くはないが少なからずいた。でも、湖東之はどうしても力になってほしかった。

 断られるなら、それでも構わない。「君には仲間がいるんだ」そう一言だけでもいいから伝えたかった。


 けれど。

 救世主は間に合わなかった。


 彼を目の前にして、湖東之は体が硬直し戸惑った。

 何を話せばいいいのか、言葉はスラスラ出てくるのに肝心な話に切り込めない。


 自分は救いたかったはずなのに……



 湖東之は、彼の魔術が使えないという”重み”を十分に理解しきれていなかった。

 約二年間に続く陰口は勿論、陰湿な嫌がらせも、心を蝕んでいった。

 彼女は再び過ちを犯してしまった。



 なぜなら、彼の瞳には救いを求める光がとうの昔に消え去っていたのだから。


 既に、彼は堕ちるとこまで堕ちていたのだ。

 闇の、闇の、更に深く。


 故に、冬水亜紀は笑えなかった。


 

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闇の傀儡術師は笑えない【Black Berserk Battalion】 C.C.〈シーツー〉 @nqi01696

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