第六話 

 いかづちが落ちる。

 雷鳴の轟きは教会の魔法陣を焼き、敵を払った。

「まさか……!? お前が――――!」

 

 二度花火が散る。

 

 目前に降り立った”それは”、華麗な音を響かせた。

 およそ重い金属でありながら、そんな音を奏でられるのはきっと人の知る鋼ではないのかもしれない。


 なぜなら、その鎧はこの世のどんな黒よりも黒く、夕暮れ時の陽射しさえも反射させないのだから。

 

「く――――!」


 剛剣一閃。

 暗殺者は漆黒の騎士による一撃を受け、自慢の短剣を破壊された。


 暗殺者は背中から鎌を取り出す。どうやらこの死神の大鎌が、この暗殺者のなようだ。


 その騎士は躊躇う事なく暗殺者へと踏み込んだ。

 暗殺者は大剣を一撃で払いのけ、更に繰り出される二撃目を弾き返し、その度に暗殺者は後退を余儀なくされる。


 戦闘が始まった。

 亜紀と暗殺者との闘いとでは比べ物にならないほどの争い。

 いや、これも戦闘と呼べるものではないかもしれない。


 戦闘とは相互に敵対する二つの勢力による暴力である。例えそれに戦力差があろうとも、相手を打倒することのできる術があるのなら、それは戦闘と言えた。


 だが騎士と暗殺者の闘いはあまりにも一方的過ぎた。一見、暗殺者が漆黒の騎士と互角に渡り合えているように見えるが、騎士は確実に暗殺者を追い詰めていた。


 漆黒の鎧と大剣にはいつしか稲妻が走り、二人の鍔迫り合いにも勢いが増す。

 剣戟は既に人の域を超えており、亜紀の視覚では捉えることもできなかった。


 暗殺者の剣から一瞬、落雷のような轟音が聞こえた。

 または、本当にあの騎士は雷を操っているのかもしれない。


 騎士による一撃が振るわれる度に、教会内は閃光で包まれる。


「チィ――――!」

 疾風迅雷のような騎士に、暗殺者は小さく舌打ちをして悪態をつく。


 やがて暗殺者は後ろへ大きく跳んで後退した。


「貴様、先ほどこの地へ現界した例の勇者だな?」

暗殺者は赤く輝く目を大きく見開き、眉間にしわを寄せながら問う。


「ふん―――――どうだろうな?」

 騎士は外見と違い、わりと中性的な声で答えた。

 

 敵の無駄話には毛頭付き合うつもりはないようで、剣を構える。


「くそが……勇者でなくとも貴様のような騎士が現れた時点で引いておくべきだったか」

 暗殺者は自分の失態を口にすると、ローブの中から”何かの魔石”を取り出した。


 魔石には様々な能力を付与することができる。また、その媒体となった石や結晶に属性があれば、外から付け足された力は増加する。

 魔石は見た目ではその属性を判断できない。故に、暗殺者の持つ魔石がどんな能力を持っているのかは不明である。


「勝ち目が薄い様なんでね、ここで退かせてもうことにする」

 

 暗殺者は潔かった。

 姿を見られた亜紀の始末を騎士に邪魔され、力強く粘るのかと思いきや早々に撤退する事を決断した。

 

「……それは許さない。貴方はここで倒れろ」 


 その宣言に、漆黒の騎士は刃を向ける。

 騎士道精神とでも言うのか、一度同じ戦場に立ったものは決着がつくまで立ち去ることは許さないと言いたげであった。


 騎士は剣に魔力を籠める。この一撃でこの争いを終わらせようとしているのだ。


 そして稲妻走るその切っ先は暗殺者へ向く。


「そう言うと思ったぜ――――」

 暗殺者は先ほどローブから取り出した魔石を、右手に持ち上に掲げた。

 

 パリンッ。と、ガラスの割れたような音がする。

 事実暗殺者の手にしていた魔石は握り潰され、少量の魔力が上向きへ開放された。


「?」


 騎士は困惑する。

 魔石は魔力を事前に籠める物だから、切り札か即興の魔術として用いるのが普通だ。しかし暗殺者の持つ魔石はそれほどの魔力が入っていないようで、興ざめどころか意味のわからないといった様子。



「――――いや違う! 亜紀、今すぐここから離れて――――」

 騎士は何かを理解したのか、後ろを振り向き亜紀の名を呼んだ。


 その瞬間。教会内はあの時のように、白色の閃光で包まれた。


 目を開けると、亜紀は倒れていた。上を見ているのに、なぜか屋根ではなく空が見えた。

 空には満月が浮かび、星々がキラキラと輝く。どうやらいつの間にか夜になっていたようだ。

 

 疲れきった体に懇親の力を入れ上体を起こすと、そこにはあるはずの教会が無かった。厳密にはレンガ造りの壁が一部だけ残っているのみ。

 ただその情報から、ここが教会のあった場所であることは直ぐにわかった。


「一体、何が――――」

 亜紀は一瞬だけ思考が止まりかけた。

 先刻激しい戦闘を騎士の後ろから傍観し、突然名前を呼ばれたと思えば唐突に白い光で包まれ、気づいたときには教会は少しの壁だけを残して消し飛んでいた。

 

 本当に稲妻だった。


 漠然と思い出す。

 幾度となくその雷を体全体で体験した亜紀は、もはや立つことが難しいほどに体中痺れきっていた。


 顔を左から右へ回転させる。

 よく見ると、いくつかの木板に火がついている。教会で木が使われてた箇所は柱と屋根。きっとあの板は屋根の木なのだろう。


「あっ――――」


 視線を前にやると、例の騎士が、剣を力強く握りしめたまま倒れていた。


 正座を長時間続けた後のような足で、亜紀は立った。

 おぼつかない足取りでその騎士の下へ行く。


「……」


 騎士は沈黙したまま倒れこんでいる。

 鎧が黒すぎるがゆえに、甲冑に傷がついているのかさえ分からない。まるで無傷のようだ。


「死んでるのか……?」


 亜紀は膝を折り、膝頭を地面につける。

 兜の隙間から覗き込むと、確かにそこには人の顔があった。

 

 機械仕掛けで動いていたのではなく、中に人が入っていたのだと少し驚く。


 あの戦闘は、常人では理解できないほどに速かった。

 雷なだけに、光速を超えるような剣戟。今思い出しても、ぞれが事実であったかわからなくなるほどに凄まじいものだった。


「くっ――――」

 騎士は意識を取り戻したのか、地に手をつき立ち上がる。

 

「……なんとか生き残れたようですね、亜紀」


 月を見上げた。

 だが、満月の月光は暗闇によって遮られ、けれどそれは悪いものではなかった。


 その漆黒は勇者だ。


 悪魔を滅殺する闇なのだ。 

 

 

 

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