第五話
それは、確実に相手の命を刈り取る刃だった。
首を切断せんと繰り出される剣の刀先。
今から体を反らして躱そうとも、既に無意味な試みだろう。
音速を超えている以上、人の目で捉えることはできない。
だが。
皮膚を裂き、血管を破ったその刃は、この身を救わんとする雷によって弾かれた。
重量感のある見た目に反し、華麗な音が鳴る。
目の前に立ちはだかるそれは、真鉄よりも重い。
この世のどんな黒よりも黒。夕日の陽射しすら反射を許さない漆黒の鎧は、星を飲み込む夜のような”闇”そのものだ。
そんな闇が、華美である筈がない。
本来響いた音は鋼鉄。
ただ、闇でありながら、それが輝いているように見えただけ。
時間は止まった。
一瞬の、一秒にすら満たないほどの光景。
落雷の如く、
◇◆◇
秋冬の季節は、日が落ちるのがめっぽう早い。午後五時になる頃は周りが見えないほどに暗くなる。
まもなく一年は終わり、数ヵ月後には学園へ真新しい制服を着た一年生が入学することだろう。話によれば、今年の一年生は新しいデザインの制服を着るらしい。新しい学園の制服は、紺色。学ランからブレザーに変わるという話だ。
亜紀は来年三年生だ。
この国でいう学園は、十五歳から二十一歳までの六年過程の教育機関。
その内の三年程が研究に費やす。今は十六歳だから、つまり最低でももうニ年はこの学園では生活しなければならない。
「はぁ……」
帰りの道を歩く。
大きめのため息をついた。
いくら軽蔑の目に慣れたとはいえ、心の傷は深まっていくばかり。
しかしこんな面白味もない学園生活の中でも趣味は生まれた。いや、復活したと言う方が正しい。
それは読書。現実感のない現実と、非現実な本とでは相性が良すぎた。
最近は、魔術のない世界が舞台となる小説に熱中している。
内容は、人類が魔術ではなく科学の道を選んだ世界の話。
批判されてしまいそうな本だが、これが案外人気なのだ。人気故に政府も禁止することはなく、こうして世へ出回っている。
そんな、科学の世界に行きたかった。
当然、今のままじゃいけるはずもない。だが唯一その不可能を可能にするのが魔法という力。
魔術という学問は説明ができるが魔法は不可能だ。そもそも魔法というもの自体が神との契約によって使うものだから、解説できるということは神を説くにも等しいのだ。
神の力をもってすれば、必ず願いは叶う。世界の製作者にしか、今の亜紀の夢は実現できないのだから。
相変わらず、この道だけはなぜか人気がない。
隣町のスラムほどまではいかないものの、亜紀の家へ続くこの道だけは不気味感があった。
きっと、数日もすれば道を整備する専門の人間がやってくるだろう。
地から空へと視界を移動する。
学園の校門から出たときは、太陽が西の空に大きく浮かんで真っ赤な空が向こうまで続いていた。
けれど、背の大きい山が太陽に覆いかぶさり半円へ姿を変えてしまった。
日の入りは刻一刻と迫ってきている。
最近は黒い服装をした犯罪集団が出回っているという話がある。間違っても出くわすわけにはいかない。
無駄な事に思考を巡らせていると、突然東の方向から柱のような形をした光が発生した。
雷が落ちたわけではない。それは、天から地へではなく地から天へと向かっていた。
「あの――――光は!」
数日前の月沈の言葉が亜紀の脳に蘇った。
『勇者召還の儀式』――――異世界から強靭な戦士を呼び出す、神の魔法。月沈の説明にあった『光の柱』がまさにそれだった。
胸が久しぶりに高鳴る。それは期待と興味。その期待がどんなものであるかは本人である亜紀にすらわからない。でも、その足を動かすには十分すぎるほどの理由だった。
走る。
召喚された勇者がどこかへ言ってしまう前に。剣を扱うために鍛えたふくらはぎ辺りの筋肉が、ここに来て初めて役に立った。
光の発生したのは東北東の方角。教会のある方角と一致している。
――――しかし。
小高い山にそびえるようにして建つ教会には、使用されたであろう召喚の魔法陣はあっても、肝心の勇者の姿がどこにもなかった。
間に合わなかったのか。
不安が頭に満ちる。久しぶりに感じたあの興奮は一瞬で冷めていいものではない。
今思えば、勇者召還という大行事を事前の告知もなくこんな日の暮れた時間帯で行うのはいささか不思議である。
普通管区の市民全員が総出で召喚を見物しに来るものなのだが……召喚されるという情報も噂もないので、そんな姿は見受けられない。
おかしい。それも、ついさっきの出来事。
不可解だ。魔法陣が発動した形跡はある。陣に籠められいる魔力は空になっているのだ。
よく考えれば不自然な出来事の連続に、亜紀は混乱する。
そして、その亜紀の背後に、黒い影が映った。
「――――っ!」
咄嗟に体を反らす。
これは修行によって得たただの勘だ。かすかに感じた気配から、少しの殺気を感じ取った。
「ほう? これを避けるか。体の使い方は上手そうだが魔術師としては三流以下だな」
見知らぬ男の声が無人の教会内で響いた。
「魔術師……だと?」
「あ? 魔術師じゃねぇのか、お前。その制服は魔術学園の所だったはずだが……まぁそんなことはいいか」
一人で納得する不審者を警戒しながら、その男の正体を頭で必死に探る。
外見は、黒いローブに黒いズボン。全身黒で埋め尽くされたその姿は。
「
「やっぱお前も知ってたか……我ら暗殺教団のことを」
男は顔面に手のひらを押し付け歓喜に満ちた態度と表情を見せた。
男の正体。それは、極北管区の
ケイ・ペトルッツィが教主の暗殺教団は、
神秘主義での彼らは、神秘の聖地である北極の地に拠点を置いているものだと勝手に亜紀は予想していた。それがまさか、敵の中心部である極東魔術学園付近に潜伏していたとは予想外だった。
「お前には悪いが、俺の存在を知られたからには生かして返すわけにはいかねぇ。お前の命、俺がもらい受ける」
そう言うと、男は短剣を右手で握り亜紀へ向けた。
「じゃあな」
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