右のレンズ

旗尾 鉄

右のレンズ

 私のめがねの右のレンズに、なにかが棲みついた。


 なにを言っているのかわからないと思う。私自身、自分の言っていることがおかしいとも思う。だが、棲みついたとしか表現できない。


 最初、「それ」は小さな黒いシミのようにしか見えなかった。私はレンズに汚れがついたと思い、クリーナーをつけて拭いた。拭いたときはきれいになったと思ったのだが、かけてみると同じ場所に黒点がある。右のレンズの、外側の下のほうだ。水洗いしても、変わらない。


 どうやら、手に取っているときは見えず、かけたときだけ見えるようだ。たぶん、レンズに傷が付いたのだろう。近いうちに、メガネ屋で見てもらおう。そう思っていた。


 翌日、その黒いシミは少し大きくなり、形も少し変わっていた。翌々日には、頭と両手足がはっきりと見てとれた。卵が孵化したような感じだ。三日目に、そいつは動き出した。


 不審に思い、メガネ屋へ持っていった。調べてもらったが、目立った傷などはないという。丁寧に使っておられるのでしょう、良いコンディションですね。店員はそんなことを言う。


 そうこうするうちに、そいつはレンズ全体のおよそ四分の一くらいのサイズまで大きくなり、そこで成長が止まった。絵本の挿絵に出てくる、小人こびとのような姿だ。いつの間にか色がついて、赤いベストと黄色のズボンを身につけていた。いつも私に背を向けている。手に細長い槍を持っているから、狩人か兵隊かもしれない。


 私の視界の右下方の端っこで普段はじっとしているが、ときどき動く。初めての場所へ行くと、喜んだように飛び跳ねたり、あたりを見回したりする。不思議と、私自身の視界の邪魔にはならない。最初の気味悪さは薄れ、私は逆に、手のかからないペットでも飼っているような親しみを感じるようになった。


 こいつの顔が見てみたい。私はそう思った。だが、鏡には映らないし、めがねを外すと消えてしまう。


 試行錯誤してみたところ、小人が消えるかどうかは、レンズと眼球の距離で決まるらしいことがわかった。それなら簡単だ。


 私はめがねを外し、裏表を逆にして持ち直した。そうして、普段なら外側になるほうを顔に向けて、さっと顔を近づけ、レンズを覗き込んだ。


 小人はそこにいた。丸顔で、まだ子供のようだ。よく見ようと思い、私はさらに顔を近づけた。


 彼の表情が変わった。私に見られていることに気づいたのだ。彼の顔は、恐怖で大きく歪んだ。そして、音にならない叫びをあげながら、手にした槍を私に向かって投げつける。


 次の瞬間、右のレンズが粉々に砕け散った。

 私の左目に、突き刺すような激痛が走った。




   了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

右のレンズ 旗尾 鉄 @hatao_iron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ