第2話 祖母


 翌朝、ぼくは祖母に起こされた。

 いつの間にか、再び眠っていたらしい。

 いや、話し声が聞こえていたと言うのは、夢だったのかも知れない。

 「午前中に、町内会の集まりがあるの。

 お昼も、冷蔵庫に用意しているからね」

 祖母は、朝ご飯を食べているぼくにそう言い残して出かけていった。


 朝食を食べ終えたぼくは、食器を流しに運んだ。

 それから庭に出て伸びをし、縁側から仏間に入った。

 そして、祖父の遺影の前のべっ甲メガネを手に取った。

 ……そんなに祖父に似ているのだろうか?

 ぼくは、べっ甲メガネを掛けてみた。

 

 鏡で自分の顔を見てみようと思った時、庭に祖母が立っていることに気付いた。

 忘れ物を取りに戻ったのかと思ったが、その様子がおかしい。

 吊り上がった目で、こちらを睨んでいる。

 こんな顔の祖母を見たことはなかった。


 祖父のメガネを勝手に掛けたことで怒っているのかも知れない。

 ぼくは、慌てて、べっ甲メガネを取った。

 それから祖母に声を掛けようとしたが、庭に祖母の姿は無かった。

 ……庭には、誰もいない。


 ……まさか。

 ぼくは、もう一度、祖父のべっ甲メガネを掛け、庭に目をやった。


 怖い顔をした祖母が、庭から縁側に上がって来ていた。

 

 悲鳴をあげてメガネを取ったぼくは、慌てて仏間から逃げた。

 

 玄関から飛び出し、実家へと走る。

 「どうしたの!?」

 息を切らして帰って来たぼくに、母親は驚いた様子で言う。

 だけど、ぼくは正直に話さなかった。

 急に大学に戻らなければならなくなったとウソをつく。

 そこで、まだ、祖父のメガネを手にしていることに気付いた。

 「こ、これ、お爺ちゃんの遺品なんだ。

 後でお父さんに、遺影の前に戻すように頼んでおいて」


 べっ甲メガネを実家のテーブルの上に置き、ぼくは大学のある街へと戻った。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 それから半年後、祖母が亡くなった。

 葬儀のために帰省したとき、祖父の遺影の前に、あのべっ甲メガネは無かった。

 父親に聞いても、「ばあちゃんが、どこかに仕舞ったんじゃないかな」と言うだけであった。

 

 そして、今、ぼくには不安なことがある。

 視力が悪くなってきたため、メガネを掛け始めたのだ。

メガネを掛けて町を歩いていると、ときどき視界の隅に何かが映る。

 裸眼のときには、何も見えない。

 メガネをかけているときだけ、ちらちらと何かが見える。


 しかもそれは……、少しずつ近づいてきている。


 昨夜、風呂上りに脱衣所の鏡のまえで、うっかりメガネを掛けてしまった。

 それは、ぼくの真後ろにいた……。

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祖父のメガネ 七倉イルカ @nuts05

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