祖父のメガネ

七倉イルカ

第1話 祖父


 帰省し、ひさしぶりに祖父母の家に行った。

 半年前に、祖父が亡くなっているので、今は祖母の家という方がよいかも知れない。


 まずは縁側に面した仏間に入り、ぼくは仏壇に手を合わせた。

 祖父が亡くなってから、祖母は、この古い日本家屋に一人で住んでいる。

 歩いてすぐの場所に、ぼくの両親が住んでいるが、同居は考えていないようであった。

 

 仏壇の横にある小さな棚には、祖父の遺影があり、穏やかに笑っている。

 ……?

 と、遺影の前に置かれているメガネに気がついた。

 生前、祖父が愛用していた、べっ甲ぶちの眼鏡である。


 そのメガネを手に取り、ぼくは何の気なしに掛けてみた。

 おお。

 度が強く、柱や壁は大きく膨らんで目に映る。

 そのとき、後ろから祖母に呼ばれた。

 「お茶の用意ができたよ」

 ぼくは、メガネをつけたまま振り返った。

 祖母も膨らんでいた。


 膨らんだ祖母が、驚いたように声をあげた。

 「まあ。おじいさん、そっくり」

 「そうかな」

 べっ甲メガネを外そうとした時、祖母の背後、縁側の向こうの庭で、誰かが動いたように見えた。

 

 歪んだ視界では確認できず、ぼくはメガネを取った。

 何度か瞬きをして、目の焦点を合わせる。

 しかし、庭には誰もいなかった。

 ここは、どちらかと言えば田舎である。

 親しい、ご近所さんも多い。

 それでも、勝手に庭まで入って来るような人はいないはずであった。


 「おじいさん、あなたぐらいの歳には、もうメガネをかけていたのよ。

 そのころのおじいさんに似ていたわ」

 祖母が懐かしそうな顔でそう言う。

 ぼくは庭の人影が気になったが、何かの見間違いであろうと、祖母には話さなかった。

 

    ◆◇◆◇◆◇


 その夜は、実家で父と母、祖母とぼくとで夕飯を囲んだ。

 いつもなら、帰省した時は実家に泊まるのだが、今回は、祖母の家に泊まることにした。

 祖父が亡くなり、寂しいだろうと思ったのだ。


 祖母の家に戻り、22時を過ぎたあたりで、仏間の横の和室に敷いた布団に入った。

 夜中。何時ぐらいであろうか、ふと目が覚めた。

 家の外で、誰かが話をしている。

 話の内容までは聞こえない。

 ただ、誰かが誰かを責めているような声の抑揚であった。

 うとうととしながら、ぼくは寝返りを打ち、声がする方向に背を向けた。

 ……あれ?

 そのとき、話し声は、家の外ではなく、家の中から響いてくることに気付いた。

 これは、祖母の声である。

 誰かと電話で話しているのだろうか?

 もう一人、祖母とは別の声が聞こえる気がする。

 ……ああ、これは、死んだはずの祖父の声である。

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