ルームメイトは破壊魔

凪野海里

ルームメイトは破壊魔

「ぎゃぁぁぁぁぁ! 本体がぁぁぁぁ!」

「なになになに!?」


 この世の終わりみたいな叫び声で、私は飛び起きた。が、慣れない二段ベッドで頭をしこたま打ち付けてしまい、また倒れてしまう。

 くそっ、痛い……。涙目になりながら、私は目をベッドの外へと移した。

 けれど、視界がぼやけてヒジョーにわかりにくい。両目合わせて1.0もない私は、メガネがないと生活に支障を来すのだ。

 それでも、シルエットだけでかろうじてそこにいる人物を見ることができた。


 そいつは、両足を開いた状態で立ちすくんでいる。


 誰なのかよく見えないけど、おそらくルームメイトの宮園だ。私は枕元にあるメガネを探りながら「んだよもう」と悪態をつく。

 あれ、メガネどこいった?


「あのぉ、戸森さん?」


 やはり思ったとおり、相手は宮園だった。


「なんだよ。ったく、朝から大声出しやがって。……ん? あれ?」


 ない。メガネまじでない。

 私は必死に目を凝らして、枕元をよく見てみる。けれど赤いフチがついた私の愛用のメガネはどこにもない。

 おっかしいな。昨日、いつものようにここに置いておいたのに。まさか、寝相でどっかふっ飛ばしちまったか?

 枕のあたりを試しにゴソゴソしてみる。が、やっぱりない。

 今度は夜じゅうかぶっていた毛布をひっぺがして、ばさばさ動かしてみるけど、ぽろりとこぼれでることもない。

 まさか、ベッドの外に? そう思って、再び宮園のほうを向くと、彼女がとっさの動きで何かを拾い上げて背中に隠すのがわかった。


「おい」

「な、何かな?」

「お前、今何隠した」


 宮園の背中を指差すと、彼女は髪が暴れるってくらいに、勢いよく首を横に振った。


「なんも、なんも隠してない!」

「ホントか?」

「ほんとだって! 興味本位で手に取って間違えて踏んづけたメガネ隠したわけじゃないから! ……あ」


 私はベッドから飛び降りて、後退る宮園の背中から彼女が隠したものをひったくった。


「あぁ!」


 私は自分の右手に握られた覚えのある感触と、ぼやけた視界でもかろうじてわかるフォルムに。それが何なのかすぐにぴんときた。

 つまり……。


「おまえまた、人のメガネ壊しやがったなぁ!」

「ぃぎゃぁぁぁぁ!」


 とっさに宮園の胸を掴みとり、勢いよく一本背負いをかましてやる。

 どんがらがっしゃーん! フローリングの床にしこたま腰を打ち付けた宮園は、その場で悶絶した。


「てめぇ、これで何個目だ。人のメガネ壊すの!」 

「ひぃぃ! ごめんごめん、ほんとにわざとじゃぁ……うぎゃぁぁぁ!」


 宮園の上に勢いよく馬乗りになり、彼女の髪をむんずと掴むと、これでもかというくらいの力で引っ張りあげる。


「たりめぇだ! こんなの"わざと"で何度もやられて、たまるかぁぁぁ!」

「ひぃぃ! 痛い痛い痛い〜!! おねがいやめて勘弁して、戸森さまぁぁぁ!」


 泣き叫びだすルームメイト――もといクラスの破壊魔に、私は正当な仕置きをくらわす。

 まったくこいつはとんだ破壊魔だ。こいつが足を動かすだけで、物は簡単にぶっ壊れる。学校の備品をぶっ壊したのも、一度や二度ではない。

 そのたびに、私が実家の力で弁償してるっつーのに! またこいつは懲りずに、あろうことかまた私のメガネを――!

 そのとき、コンコンと部屋のドアを控えめにノックする音がした。

 チッ、まだ仕置きの途中だってのに。

 くわえていた力を少しだけ緩めると、私の尻の下にいる宮園は疲弊しきったため息をこぼした。


「はい」


 返事をすると、ドアが開いた。


「まったく。朝から何の騒ぎ? 下まで響いてきたんだけど」


 声からして、それは委員長のものだった。

 たしか部屋は私たちの真下のはずだ。寝癖でボサボサになった髪以外は、どういう格好をしているのかメガネがないせいで見当もつかない。

 私はまだ尻の下で伸びている宮園を指差した。


「こいつがまた私のメガネ壊しやがった」

「……あらら」


 宮園は私に馬乗りにされたまま、ひんひんと泣いている。


「わざとじゃ、ないんだってばぁ……」

「だからわざとでやられたら溜まったもんじゃねぇんだよ」


 宮園の広いおでこに思い切りデコピンを食らわした。あぎゃ、と短い悲鳴をあげて彼女は床に突っ伏してしまう。





 クラス委員長は、もはや恒例のようになっている目の前の出来事にため息をもらした。

 クラスの破壊魔こと、宮園さんはもうとにかくなんでもすぐ壊してしまう。理科室の顕微鏡や担任が使っていたペン、はたまたどうやったら壊れるんだよというレベルのものまで。このあいだは、家庭科室のフライパンを真っ二つにしていた。

 まったく。宮園さんの、触れたものをすぐ壊してしまうような体質にも呆れたものがあるけれど、何より1番面倒なのは彼女に制裁を食らわしている戸森さんにあるだろう。

 宮園さんがすぐにものを壊してしまうせいで、クラスの大半は彼女に決して物を貸さない。しかし戸森さんだけは違った。

 彼女だけは宮園さんに頼まれれば、なんでも貸している。ペンがないと言えばペンを貸しているし、使っているシャンプーが切れたと言えばそれも与えていると聞く。

 部屋だって本当は、先生に言えば変えてもらえるかもしれない。あそこまでの破壊魔なのだ。先生も宮園さんが犯してきた数々の失態を知っているし、このくらいの温情は見せてくれるはずだ。

 なのに。戸森さんはそれさえもしない。おそらくは戸森の実家がその名前を聞けば誰もが縮み上がるほどの大富豪であるから、たとえ壊されてもすぐに新しいものを買い与えてもらえるからだろうが。彼女自身がむしろ、とんだお人好しなのだろう。

 いまだ戸森さんから仕置きを受けている宮園さんを放って、クラス委員長は外へ出る。

 まったく、勝手にやってろと思いながら。

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ルームメイトは破壊魔 凪野海里 @nagiumi

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