大勝負に出る

男は素直に女性店員が聞こえていないと思った。レジ下のポスターに目を落としながらもう一度「ウルトラライダー」と繰り返した。

女性店員は男の視線で「あっ」と理解したような表情を見せると、少し言いにくそうに答えた。

「あの、それは小学生までのお子様限定のキャンペーンでして…」

「…えっ?」

男の口から少しの沈黙を経て驚きが漏れた。すぐさま状況を理解した。同時に全身から冷や汗が噴き出るのが分かった。再び目を落としたポスターをよく見ると、末尾に「※小学生以下が対象」と小さく注意書きしてある。大人は部外者だった。

男は「よく考えれば当たり前だろ、こんなこと大人に要求する訳ねえだろ」と、冷静になった頭に問い掛ける。だが、もう遅い。大人が恥じらいもなく子ども向けのプレゼントを要求している、しかも無料で。この状況はもはや誰が見ても変えられない事実だった。

今なら「そうなんですね、すみません間違えました」と素直に過ちを認めることもできる。または「親なんですけど、子どもが言わないとダメなんですね」と誤魔化すこともできる。最小限のダメージで抑えられる選択肢は確かに頭に思い浮かんだ。が、男のプライドが全てかき消していった。頭の中のホワイボードに書き出された案が黒板消しで一掃されるかのように。無料に飛び付いた哀れな男、そんな目が自身に向けられることは許されなかった。

かくなる上は覚悟を決めるしかない。「賽は投げられた」と心でつぶやいた。ルビコン川を渡っていくカエサルを自身に重ね合わせた。ルビコン川がどこにあるのか、カエサルが何をした人なのかも知らないくせに。自分に酔いしれた男は乾坤一擲の大勝負に出た。

「えーと、僕小学生ですけど」

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忸怩 黒井ほむら @homukuro5678

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