首落ち地蔵と眼鏡

海青猫

第1話

 最近、眼鏡の度数が合わなくなってきた。そこで国道沿いにある眼鏡屋に新しく眼鏡を買いに行くことにした。一応眼科医で処方箋はもらっている。

 眼鏡屋は家から徒歩十分くらいにあり、休日なのでちょっとした運動がてら行くことにする。

 国道に通じる狭い道には小さな墓地があり、手入れされていないのか苔むした墓石もあった。なんとなく通り過ぎようとしたが、ふと墓地の端にある石の地蔵が視界に入った。こんな地蔵があったのか――何度も通ったはずの道だが気が付かなかった。

 地蔵の両手は何かを求めるように前に突き出されていて、その両の手のひらの上には石でできた地蔵の頭が捧げられている。

 目についたのはその顔にかけられた黒縁の眼鏡で、それはまさに自分の眼鏡と同じように思えた。

 墓地に何となく立ち入ると、地蔵に視線を落とした。黒縁の眼鏡は新しく、誰かがいたずらで置いていったのかと推察できる。

 夕暮れ時で、空は赤く染まりつつある。

 何気なく眼鏡を手に取った。自分が掛けていた眼鏡を地蔵の頭に置いてみる。まったく同じに見える。

 生暖かい風が吹いて頬をなぜる。

 今度は地蔵が掛けていた眼鏡をつけてみた。眼鏡を交換した形になる。

 さながら、眼鏡が頭骨にくっつくようにしっくりとなじんだ。

 視界がくっきり見える。前の眼鏡と比べて明らかに自分の眼と合致しているのが分かる。

 黄昏の色だろうか? 目の前が一瞬真っ赤に染まった。赤い空を見あがると、遠くから聞こえていた鳥の声が静かになった。

 『ゴトリ』と近くで重いものが落ちる音がした。

 地蔵に視線を戻す。

 息を飲んだ。そこには黒縁の眼鏡をかけた見慣れた顔が地蔵の両手の上に捧げられている。眼鏡のレンズに反射した光で、眼球はみることはできない。足が震えだした。

 地蔵の手の上の青ざめた頬に触れる。生暖かい体温がゆっくりと伝わってきた。

 恐怖が沸き上がってくる。足が棒になったように動かない。ゆっくりと自分の顔に手をのば……。

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