めがね対メカめがね

津多 時ロウ

お正月大決戦!!

 子供の頃、お正月に祖父の家に遊びに行くと、よく映画館に連れて行ってもらったものだった。

 カタカタと映写機の音が聞えるような小さな映画館でいつも見たのは、大怪獣同士が戦うもので、子供ながらに人間の無力さを味わい、着ぐるみの怪獣同士の戦いに興奮したものである。


 あれから三十年経って、そんなことをふと思い出した。

 きっかけは、仕事で出歩いているときに見かけたポスターだった。


『お正月大決戦!! めがね対メカめがね』


 赤い字で大きく描かれたそのタイトルは、文字は別として、子供の頃のあの興奮を想起させて止まない。

 果たして『めがね対メカめがね』とはどのような映画なのだろう。

 そして、小さく書かれていた『前作、めがね対クソめがねを超える圧倒的なスケール』というのも気になる。

 私が知らないだけで、実は人気シリーズなのではないだろうか。

 え? あの人まだ『めがね対メカめがね』を見てないの?

 あなた『めがねシリーズ』見たことないの?

 冗談でしょ? 嘘でしょ?

 そんな幻聴すら聞こえてきそうである。


 それ以来、私の頭の中は『めがね対メカめがね』一色になった。

 もちろん、嘘だ。

 『めがね対メカめがね』と『めがね対クソめがね』の二色になった。

 寝ても覚めてもめがねシリーズが私の頭の中を支配する。

 ああ、ストーリーが気になって仕方がない。

 めがね怪獣とメカめがね怪獣が激しく戦うのだろうか。

 あるいはめがねの形をした何かと、それを模して人類が作り出したメカめがねが、お互いのプライドを賭けて勝負する話なのだろうか。

 はたまた科学が発展した未来で、天才めがね科学者と人工知能が戦うSFなのだろうか。

 ああ、見たくてたまらない。うずうずする。


 しかし、あのポスターは少し日に焼けていて、どこかの映画館で今も上映しているとは考えづらい。そもそも、あのポスターがあったのも、小さな映画館の壁だった。それも、やや生え際の後退した支配人の顔写真と共に、閉店の挨拶が貼られている映画館だ。

 実際、Google先生に聞いてみても、一件もヒットしない。

 それがかえって私の好奇心を刺激した。

 ああ、『めがね対メカめがね』よ。

 お前はどうしてそんなに私を惹きつけてやまないのか。

 お前はいったいどんな名作だというのか。

 知りたい、君を。

 だからGoogle先生、お願いだから見つけてきてください。

 そうして、一日三度の検索がすっかり習慣になった日、ついに私は見つけた。


『めがね対メカめがね、待望のDVD化!』


 なぜ、Blu-rayではないのか?

 『めがね対クソめがね』はDVDになっていないのか?

 そんな疑問も浮かばないほどに私はめがねに焦がれていて、無心で購入を決定した。

 その日からの毎日は薔薇色だった。

 ついに、ついにあれが届くのだ。

 なんと待ち遠しくも満ち足りた毎日なのだろう。

 無味乾燥としたアスファルトや、憎たらしい上司の頭の上にまで花が咲いているようだ。


 そしてついに、郵便受けにDVDが届いた。

 逸る気持ちを抑え、部屋の中で正座をして冷静に封を開ける。

 中のパッケージを傷つけたら負けだ。これはそういう勝負なのだ。

 そして昔ながらの見慣れたほぼ正方形のパッケージが、姿を現した。

 表は、私が見たあのポスターをほぼ正方形にしたシンプルなもの。

 裏も特に説明などもなく、DVDのマークと画面サイズ、再生時間があるだけだ。

 画面サイズは4:3、再生時間は96min。

 もう不安しかない。

 だが、怖れずにBlu-rayプレイヤーにディスクを挿入する。きっとこの先に名作があると信じて。

 そして表示されたトップメニューには、二つのタイトルが並んでいた。メカめがねとクソめがね、である。

 果たしてどちらを先に観るべきか。

 悩ましいところだが、やはり前作のクソめがねから観るべきだろう。それが大人のマナーというものなのだ。

 選択した後に表示されたのは、『めがねをかけてご覧下さい』という画面いっぱいの大きな文字。

 それが三分間続き、ようやく画面が切り替わったときに現れたのは――


「若い頃の映画館のおっさんやないかーい」


 めがねをかけたあの店主の顔が、延々と三十分映っているだけだった。しかも静止画ではない。動画だ。瞬きもするし、鼻もかむ。

 こっちがそうならあっちはどうかと、メカめがねをポチりと選べば、やはり先に現れたのは『ARめがねをかけてご覧下さい』の文字。

 もうこの時点で多くの者が、それ以上見るなと叫ぶことだろう。だけど、もう退けないのだ。意地なのだ。なんとしても私は最後まで見届けなければならないのだ。これは私の使命なのだ。

 そして文字が消えた後に現れたのは――


「さっきのおっさんですやん」



『めがね対メカめがね』 ― 完 ―

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めがね対メカめがね 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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