なぜ掛川先輩に頼まなかったのか?

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なぜ掛川先輩に頼まなかったのか?


「久しぶり、元気だった?」


 つとめて明るい声を出す。


 ただの同窓生に会うだけなのに、こんなに緊張するなんて思わなかった。


 五年ぶりだというのに、彼はちっとも変わってない。あの頃のまま、ちょっとさえない少年の面影がある。


江場えばさんも変わらないね。まだあの頃の眼鏡めがねしてるの?」


「このフレームを気に入ってるのよ。それに……この五年で視力はさほど落ちなかったから」


「そう」と、短く頷く彼は『二十歳はたちつどい』らしくビールを頼んでいた。遅れて来た私も同じものを頼む。


 周りのテーブルは歓談の声も大きく、会場はざわざわと騒がしい。


「他の人のとこ行かなくていいの?」


「別に……だって私、掛川くんに会いに来たんだもの」




「覚えてる? 卒業式の日に二つ下の私の妹が迎えに来て——」


「君は怒ってたね。一年生は来ちゃいけないって」


 やっぱり覚えてるんだ。


 あの頃は出席出来る保護者の人数が制限されてて、校門の前に何人かの後輩たちが門出を祝うために集まっていた。


「恥ずかしいわ。子どもだったのよ」


「中学生なんて子どもだよ」


 それでね、と話を続ける。


「あの時、あの子がなんて言ったか覚えてる?」


 妹——萌音もねがあの時言ったのは。


 掛川さんは取り立てて表情を変えずに答える。


「覚えてるよ。『なぜ掛川先輩に頼まなかったの?』って言ってた」


 やっぱり覚えてるんだ。


「恥ずかしいなぁ」


 私は頭を抱えた。


「なんでそんなに覚えてるの?」


「印象的だったから」


「萌音が?」


「ううん、江場さんが」


 掛川さんの言葉にふっと胸が軽くなる。


「じゃあ……を覚えててくれたのね」


「萌音ちゃんが『なぜ掛川先輩ぼくに頼まなかったのか?』と言った言葉から、僕は勝手に推理した」


 何をぅ?


「君が怒ったことと合わせて考えると——写真のことかと思った」


 うわぁ、バレてる。


「あの時の江場さんは僕と写真を撮りたかった。それを言い出せないうちに萌音ちゃんにまだ写真を撮ってないことを指摘されて、恥ずかしくて怒った——なんてね」


 最後に掛川さんはおどけて小さな万歳の仕草をした。


「僕はそれほど自惚れてはいないよ」


「ううん、合ってる。正解だよ」


 恥ずかしくて喉がカラカラだ。


 ようやく運ばれて来たビールのグラスに手を伸ばすと、それより先に掛川さんがそのグラスをそっと押さえた。


「?」


 戸惑う私に微笑みながら、掛川さんは言った。


「君、まだ十八歳でしょう?」




「なんで気がついたの?」


 私は普段かけない眼鏡を外して彼を見た。


「江場さんはかなり度の強い眼鏡をかけていた。君の眼鏡は度が入ってない」


 その通りだ。


「江場さんくらいの視力だと眼鏡を通して顔の輪郭がズレて見える。君のはそうなっていなかった」


 私は素直に頷く。


「君は萌音ちゃんだね?」


「うん。私はお姉ちゃんと良く似ているからトレードマークの眼鏡をしてれば気づかれないと思った」


『二十歳の集い』に遅れてやって来たのも、掛川さんとちょっと話すだけのつもりだったからだ。


「江場さんは、来れないんだね」


 寂しそうな掛川さんの声に、私は下を向いて頷く。


 姉は病気で、年末にその短い生涯を終えたのだった。ただその病床に中学の頃の文集が置いてあって、何度も読み返した跡があって、私はどうしてもあの卒業式の日のことを掛川さんに伝えたくなったのだった。


 姉のことを話した後、そっと伺うと、掛川さんは私の方を見ていなくて、ただまっすぐ前を見ていた。


 私はお姉ちゃんのしまったままの気持ちを伝えたくてここにやって来たのだけど、掛川さんはお姉ちゃんの気持ちを知っていたのかもしれない。


 掛川さんはコーラを注文すると、届いたそれを私の前に置いた。


「僕の答えはだったのかい?」


「うん、正解」


 私と掛川さんはグラスを合わせてお姉ちゃんを偲んだ。





 完

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