今日の眼鏡

於田縫紀

今日の世界

 朝一番にするのは、今日の眼鏡を選ぶこと。

 候補にあがった眼鏡のうち、黒縁のシンプルなものを選ぶ。

 装着して確認、これは『20世紀日本』。

 今まで使用したことがない眼鏡だ。


 眼鏡をかけると、すっと世界が変わった。

 私がいるのはシンプルで四角い部屋。

 白い壁紙、ウッディな学習机と水色のカーペットが敷かれている。

 窓の外には太陽と青空、緑がそこそこ多めの住宅街。


「起きなさい! 朝御飯ですよ」 


 斜め下のほうから聞こえる、呼びかけと思われる何か。

 これに対応する行動は……

 表示ウィンドウに出たうちの1つを選択。


「はあい、今行く」


 部屋を出て、階段を下りて1階のLDKへ。


「さっさと食べなさい。学校に遅れるわよ」


「はあい」


 ウィンドウに出る指示に従ってテーブルにつきながら、説明を確認。


『今の台詞は左側の女性、これは貴方の母、生みの親で卵子提供者。左側に座っているのは精子提供者で父と呼ばれる。この時代は子供が高等教育を終了して就職するまで、同じ家に住んでいるのが多数派』


 なるほど、そういう役割ロールの存在という訳か。

 納得しつつ今度はテーブルの上を確認。


『テーブルに接している白いものや茶色いものは、補給物資を置くための道具。手前にあるのは箸といい、補給物資を取る為の道具』


 なら一番上に置かれている幾つかが食物だろう。

 まずは補給物資ちょうしょくらしいものを観察する。


『手前は御飯。米と呼ばれる植物の種子の胚乳部分を高温にしつつ吸水させ、デンプンをα化したもの。この時代の主力補給物資。そして……』


 20世紀日本はまだタブレット食になっていない訳か。

 ただこの米、取得しにくそうだ。

 この前の眼鏡『19世紀英国』で出たトーストの方が楽な感じ。

 まあ、どうせ眼鏡による自動操縦オートパイロットで補給するからどうでもいいけれど。


 御飯、味噌汁、焼きシャケ、玉子焼き、佃煮という補給物資ちょうしょく

 味もやっぱり『19世紀英国』の方が好みだったかな。

 そう思いつつ表示通り、

「ごちそうさま」

そう告げて席を立つ。


 さて、次は何だろう。

 どうやら矢印アイコンによると、この先の洗面所へと向かうらしい。


 スケジュールを確認する。

 この後洗面、歯磨きをして、そして服を着替えて、そしてやっと登校のようだ。

 20世紀日本、なかなかイベントが多くて面倒臭い。


 一昨日の『22世紀ラグランジュ3』は楽で良かった。

 起きて眼鏡をかけたらそのまま机上に出現したタブレット食をいっしょについてきた飲み物で流し込み、そのまま学校へ行けばよかったから。


 どの眼鏡でも基本的にやることは同じだ。

 起きて、朝の栄養補給をして、学校へ行く。

 授業が終わって放課後の活動が終わったら帰宅して栄養補給して就寝。

 

 ただ眼鏡によって世界に風味フレーバーが付加される。

 かつてあったらしい世界に酷似した姿に。


 風味フレーバーをつける意味について深く考えた事はない。

 実際にこの世界がどんな感じなのか、私は知らない。

 眼鏡無しで睡眠場所から出る事は、法律で禁止されているし。

 

 実際、眼鏡無しで何か変わる訳でもないと思う。

 所詮私の世界なんて、自己認識の先にぶら下がっているだけ。

 だったら少しでも楽しい方がいいんじゃないか。

 そう思うのだ。


 面倒臭い朝のイベントの色々を自動操縦オートパイロットで消化しながら私は思う。

 今日の友人Aと友人Bは、どんな名前でどんな装いなのだろうと。

 幻のアイテムと噂される恋人Aは、今度こそ出現するのだろうか。


 いずれにせよ、今日も楽しい1日ならいい。

 私には、それで充分。

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今日の眼鏡 於田縫紀 @otanuki

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