しらす干しと柚子のオイルソース

矢木羽研(やきうけん)

眼鏡が曇らない料理

「おはようございます!」

「おはよう……眼鏡、新しいのにしたのか?」


 今日もうちにやってきた大学の後輩。彼女はたまに眼鏡をかける時がある。例えば映画を観に行く予定があったり、あるいはうちでがっつりゲームを遊んだりするつもりのときは、目が疲れないようにコンタクトのかわりに眼鏡にするようだ。


「さすが先輩、気づいてくれましたか。このために新調したんですよね」


 そう言いながらバッグから取り出したのは、運転免許証だった。


「お、いつの間に」

「春休みに通ってたんですよ。落ちたら恥ずかしいから内緒にしてたんですけど、無事合格しました!」

「おめでとう!」


 俺としたことが全く気づかなかった。割と忙しそうな気配はしていたのだが、大学の課題やバイトだとばかり思っていた。


「合格祝いと言えるほどじゃないんだけど、そうだな……眼鏡が曇らないパスタでも作るか」

「ふふ、なんですかそれ。先輩の料理ならなんでも大歓迎ですけど」


「とりあえず、お湯沸かしちゃってもらえるか」

「はーい」


 特に決まりごとというわけではないのだが、二人の昼食はいつもパスタだ。


 *


「さて、材料を用意しよう。ちょうど昨日買ってきたしらす干しがあるから、これをメインに。あとは……にんにく、紅しょうがと、実家からもらった柚子ゆずでも使うか」


 引っ越しの日が近づいてきたので、冷蔵庫の中身の整理も兼ねる。そろそろ柚子のシーズンも終わりだという。


「今回のパスタは混ぜるだけだからな。まずはオリーブオイルにおろしにんにくを混ぜてガーリックオイルを作るんだ」


 深皿に、チューブのにんにくを多めに入れる。これも近いうちに使い切るつもりだ。


「ここに茹で上げたパスタを絡めていくんですね」

「そう、フライパンは使わない」


 まあパスタを茹でる時の湯気で眼鏡が曇るのは避けられないかも知れないのだが。


「柚子はどう使うんですか?」

「皮と果汁、両方使ってくぞ」


 柚子の皮は包丁で薄く削いで、細切りにしていく。果汁と合わせて2個分あれば十分だろう。


「柚子のかわりに、レモンとかでも大丈夫ですかね?」

「ああ、でも市販のやつはワックスがついてるかも知れないから、軽く湯通ししたほうがいいかもな」


 俺の場合は実家の柚子を使ったり、あるいは濃縮レモン汁を使うので生のレモンを使ったことはあまりない。


「皮を削いだら果汁を絞って、っと。やることはこれくらいだな」


 あとはパスタが茹で上がるのを待って、材料を混ぜるだけである。


 *


「そろそろ茹で上がりますね」


 今日のパスタは細めのスパゲッティーニ、茹で時間は6分である。240グラムを時間通りに茹でたらさっそく湯切りして、それぞれの深皿に盛る。


「ここに、さっきのガーリックオイルを絡めるんだ」

「炒めなくても絡めるだけでいいんですね」

「洗い物も減らせるし、便利だろ」


 寒い日であれば熱々に炒めたくもなるのだが、混ぜるだけでも十分おいしく食べられる。なお、ガーリックオイルを作るために使った深皿はそのまま食器としても使う。


「しらす干しはたっぷりかけちゃっていいぞ、賞味期限は今日までだからな」

「それじゃ、遠慮なく」


 全部で50グラムのしらす干しをきっちり半分ずつ、それぞれの皿にかけてくれる。


「仕上げに柚子皮と柚子果汁、紅しょうがを乗せて、混ぜたら完成だ」

「他に味付けはしなくていいんですか?」

「しらすにも塩味があるから、食べながら少しずつ醤油を垂らすといいだろうな。味の素は紅しょうがに含まれるから不要だと思う」


 あくまでも、柚子としらすの風味を生かしたあっさり味である。


 *


「それじゃ、いただきます!……うん、さっぱりしてるけどオイルのコクがありますね」

「今回はゆで上げパスタを和えるだけで、熱々でも冷製でもない。今の季節にはちょうどいいと思うんだよな」


 一味唐辛子(これも実家からもらったものだ)をかけつつ、香りを楽しみながら口に入れる。


「引っ越し、できれば土曜のうちに終わらせたいな」


 月末の土曜日には、朝から実家の父と弟がバンに乗って来てくれることになっている。日曜日もまるまる使えるということだが、余裕をもって作業をしたい。なお弟はそのまま、今の俺の部屋に住む予定だ。


「私の部屋のほうもだいぶ片付いてきましたね。だいたい先輩の部屋に置かせてもらっちゃってますし。実は、冷蔵庫も空っぽにして電源を抜いてあるんですよ」

「……ということは?」

「ええ、無事に教習所も卒業しましたし。引っ越しまで、ずっと先輩の部屋で暮らしていいですか?」


 そういえば眼鏡に気を取られてスルーしてしまったが、旅行用の大きなリュックを背負ってやってきた。きっと着替えが入っているのだろう。


「もちろん、ちょっと狭くて良ければな」

「もともとは私の荷物ですし、そのくらい我慢しますよ」


 眼鏡がぶつからないように、顔を傾けて口づけをする。ほんのりと甘酸っぱい柚子の香りがした。


 ***


日曜の昼は後輩女子にパスタを作る 第2部

新生活はパスタとともに



 *


今回のレシピ

 https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16818093074389982251

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