Colorful
藤咲 沙久
涙の色は
いづみの言葉を思い出したのは、彼女の涙を見た時だった。
「す……っごく、複雑な色。それ、ホントに私と同じ色鉛筆使ってる?」
最初の会話は中学生の頃、美術の時間だったと思う。私は立体感も質感も何も無いぺったんこなリンゴの絵が恥ずかしくて、隅の席を陣取り修正を試みていた。そうなると他人の手元が見えるわけで、どれも自分より上手に感じてくる。ますます気持ちが焦った。
そもそも色鉛筆は消ゴムと仲が悪い。塗り直そうにも元の状態が抹消出来ず、もう嫌だと絵の上に左頬を乗せてやる。そこで目に飛び込んできたのがいづみのリンゴだった。美術室の広い机に、一人分の空間を開けて横並びする“リンゴの絵”と“リンゴ”。そのくらいの差がそこにあった。
「重ねて塗った、だけだよ」
いづみが隣に座っていたのは偶然だった。今よりずっと遠慮がちに返答されたのを覚えている。色を乗せるシャカシャカ音に紛れる小声で、私はさらに聞いた。
「リンゴって、赤じゃん? なのに黄色とか青とか出てるし、でもなんか超キレイ。不思議、
「こうすると奥行きが出るから……。補色の青を入れるとね、赤が引き立つの」
「オクユキ。ホショク。ワカラナイ」
「あは。
いづみは他にも絵の描き方、色の塗り方を教えてくれたが、私にはどうにもセンスが足りなかった。だけどいづみの話を聞くのも絵を見るのも好きで、そのうち呼び方も「遠野さん」から「いづみ」へ変化していった。
「カラスって黒一色に見えるでしょ。でも実際は青や紫も含まれてるから、塗るときも多色にするの」
そう言って色鉛筆を繊細に動かすいづみはとても楽しそうだった。幸い同じ高校に進学したが、きっと彼女はこれから美術の道へ行くのだと心のどこかで感じていた。それは私とは異なる進路だった。
「見えない色なのに、塗るんだ?」
離れ離れになる予感を胸に、私は寂しさを埋めたくて二人の時間を大切にした。いづみが色を重ねるたび、私は質問を重ねた。彼女も丁寧に答えてくれた。
「見えないから、描くんだよ。本物の色を」
卒業式の今日を境に、私たちは住む地域も学校も別々になる。それぞれが学びたいことのために遠い地へと旅立つ。きっと会おう、また絵の話をしよう、そう笑いあいながらも私たちは教室から出ることが出来なかった。
それを叶えるのが、どれだけ先の未来になるかわからなかったからだ。
「……
いづみが私を呼ぶ。絵を描いてる時と同じくらい優しい顔で、私を見つめる。なあに、と返した声は掠れた。
「私、朱音と会えて、良かったよ」
彼女の目から一粒の涙が流れていった。美しい曲線を描くそれは、いろんな光を反射するみたいに、キラキラとしていた。
──見えないから、描くんだよ。本物の色を。
いづみの言葉を思い出したのは、その時だった。涙の色。透明にしか見えない色。でもきっといづみが色をつけるなら、そこにはたくさんの色が乗るんだろう。
離れてしまう悲しみを青色で。
これから先への希望を黄色で。
二人が出会えた喜びを桃色で。
目には見えない
「私も、いづみに会えて良かった!」
Colorful 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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