真紅

夢月七海

真紅


 ……すみません、さっき、Sさん……僕の連れのことを見ていませんでしたか?

 いえ。いいんですよ。今は本人がいませんし。


 ただ、教えてほしいんです。彼のこと、どう思いました?

 はあ、背が高くて、かっこいい外国の人……。確かに、Sさんは老若男女の目を引く顔立ちをしているらしいですからね。


 それだったら、別にいいんです。はい。気にせずに。

 と言っても、興味惹かれますよね……。まだ、バスが来るまで時間がありますから、簡単に説明しましょうか。


 Sさん、悪魔なんですよ。一見普通の人なんですが、瞳が赤かったでしょう? あれが証なんですよ。

 僕ですか? いえ、僕はエクソシストです。……また信じられないって顔していますね。まあ、たまに悪魔と話したりすることもあるんです。


 いや、そういう家系じゃないんです。僕自身は温泉が有名な田舎の方に生まれて、家族や親戚にも霊感がある人はいませんでした。

 僕も、普通の子供だと自分のこと思っていたんですけどね。時々、変なものを視てしまったんです。


 最初に可笑しいって思ったのは、小学生の時です。近所に住んでいる、昆虫採集が好きな友達が、新種の蝶を見つけたと言って、僕に籠を見せてくれました。普通に覗き込んで、ぞっとしましたよ。これが蝶? ってね。

 真っ赤な、血の塊でした。それが蝶の形をして、ひらひら飛んでいるような。でも、その友達は平然としていたので、僕は恐ろしくなりながらも、なんとかその場から離れました。


 それをきっかけに、色々思い出してみると、たまに変なものを視ているんだと気が付いたんですよね。屋根や電線に止まっている普通のよりも一回りほど大きな野鳥とか、この辺にいないはずの蝙蝠とか、どこからか現れていつの間にかいなくなる野良猫とか、瞳がみんな真っ赤でした。

 確信を得たのは、修学旅行で初めて東京に行った時。道路の向こう側で歩いている二人組がいたんですが、それが、どう見ても人間サイズのイタチとアナグマだったんです。


 僕は、隣の女の子に、「ねえ、あの二人……」とこっそり指さして訊きました。彼女は、「ああ、かっこいい人たちだね」って、ちょっと頬を染めて言ったんです。とても信じられませんでした。

 そっと振り返って、イタチとアナグマの方を見ます。口が動いているし、尻尾がゆらゆら揺れているし、着ぐるみではないのだろうとは思いました。


 やっぱり、自分には変なものが視えている。そう思ったものの、相談できる相手もなく、何も分からないままでした。それでも、本やインターネットで調べて、瞳が赤い人は悪魔だというオカルト話を見つけました。

 藁にも縋る思いで、悪魔祓いをしているという教会に行ってみて、自分が見たものを全て話しました。神父さんは、その話を驚いた表情で聞いていたので、僕は、ここも見当違いだったのかもと、最初は思っていました。


 「君が見てきたものは、確かに悪魔だ」と、神父さんは言いました。でも、続けてこう言ったんです。「実は、悪魔の中には、人間に姿に変化している者もいる。私から見ても、それは瞳が赤い人間に見えるが、君はその正体を見抜けるようだ」と。

 神父さんは、ここで修業をして、エクソシストになってくれと頼みました。僕も、よく知らないまま悪魔に怯えるよりかは、と思って、それを承諾しました。


 もちろん、今すぐに、というわけではいかなかったので、次の週末に、また改めてきてほしいと言われました。ただ、指定された場所は、神父さんの家の一室で、不思議に思いながらも、そちらへ行きました。

 ドアを開けて出迎えたのは、神父さんと、一匹のドラゴンでした。驚きと恐怖で固まってしまった僕の指さして、ドラゴンが神父さんに尋ねます。「彼がそうなのか?」と。神父さんが普通に「そうですよ」と笑いかけなければ、気絶していたと思います。


 黒い鱗に立派な角、金色のたてがみを持つそのドラゴンは、Aさんという悪魔でした。神父さんが、本人から説明された方が早いからと、呼んだそうです。

 怯える僕に対して、Aさんは悪魔について色々教えてくれました。悪魔と言っても、現在では人間に危害を加えるなんてことは殆どなく、天使やエクソシストとも上手く共生していると。現代での彼らの仕事は、地獄に落ちた死者の魂の管理だと。


 ただ、悪魔の中にも、地上で悪事を働く者がいて、それを止めるのがエクソシストの役目で、その悪魔を逮捕するのがAさんの仕事だそうです。

 そして、僕がなぜ悪魔の正体を見抜けるかなのですが、Aさんにもよく分からないと言っていました。前例がないので断言できませんが、恐らく、前世と関係あるのではないか、というのがAさんの説でした。


 という経緯で、僕は修業を始めて、エクソシストとして認められました。そして、悪い悪魔を、というのは変な表現ですが、探したり捕まえたりしています。もっとも、そんなことは中々起こらないのですがね。

 あ、さっき一緒にいたSさんは、Aさんの上司に当たる方です。たまに情報交換をしているんです。ちなみに、Sさんは、イッカクという、長い角の生えた白い鯨の姿に視えます。向かい合って話していると、角が当たりそうでハラハラしますが、実際はそんなことないのでしょうね。


 ……なんか、一気にたくさん聞いて、頭がパンクしていそうな顔をしていますね。すみません。ただ、時々自分にしか視えないものがあると、すごく孤独なんですよ。悪魔たちも、お互いの正体は分かっていないようですから、どうしても、話したくなるんです。

 あ、丁度バスが来ましたね。僕は乗らないですけど、あなたは乗りますか。


 では。さようなら。

 悪魔は意外と近くにいますが、そんなに怖がらないであげてくださいね。見た目に反して、気のいいひとばかりですから。




















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真紅 夢月七海 @yumetuki-773

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