幼馴染の想い出は

snowdrop

遠い昔の君と私

 私には、五人の幼馴染がいる。

 三番目に仲良くなったのは、一つ年上の子だった。毎日のように、互いの家を行き来するほど仲良く遊んでいたという。

 住んでいたマンションから引っ越してから十日後、幼馴染が病気になった知らせを聞かされる。

 会いに行こうとするも、治らないから忘れなさいといわれた。

 以後、なにもかも忘れてしまう。

 次に話を耳にしたのは、小学六年のとき。思い出したように語りだした親の話を、遠くから聞いた。

 一か月後。訪ねにいく。

 数秒の邂逅のあと、締め出されてしまった。

 高二の夏、早朝。訃報が届く。

 通夜と葬式に参加したいと申し出るも、勉強してなさいといわれ、許されなかった。

 二年後の夏。訪ねていくが留守で会えず。

 さらに半年後の冬。ようやく線香をあげることができた。

 養護学校に通っていたことや、訪ねた日がたまたま幼馴染の誕生日だったことなど、知らないことばかりを話してくれた。

 もっといろいろ聞きたかったが、それ以上は聞かないでくれと、全身で訴えかけているように殺気立っていて、わたしからは尋ねることができなかった。

 それから三年後の冬、訪ねたときだ。

「あなたの顔を見ると、つらかった看病をしていたときのことを思い出すのが嫌だから。二度とこないで」

 わずかに開いた玄関扉ごしに言われ、冷たく閉ざされた。

 幼馴染を遠ざける周りの大人達の配慮は、過去に囚われず自分の人生を歩ませるための優しさだったのかもしれない。

 わたしにしてみれば、大切なものを奪われ、阻害されたにすぎなかった。

 二〇二一年一月。幼馴染が住んでいたマンションの一室が空き部屋となる。

 二〇二二年夏。読めなくなっていた活字が、また読めるようになってきたので、執筆を再開しようと試みる。

 書くならばと選んだのは、幼馴染を題材にした物語。

 とはいえ、幼馴染が罹っていた病気をくわしく知らない。病名すら、わからなかった。

 聞きたくとも、幼馴染の家族はもういない。

 子供のときに聞いた、親が話していた内容を頼りに調べてみたけれども、断定には至らず。チャットAIの登場で、検索しやすくなったものの、みつけることもできなかった。

 自分が知る情報だけで作るのは心もとなかったので、メインストーリーにはせず、物語を構築することにした。

 執筆のあと推敲を経て、幼馴染の月命日に原稿を投函した。

 ブルーライト文芸についてまとめたあと、幼馴染の病気のことを調べ直してみた。

 以前はみつからなかったのに、それらしい病気がみつかる。

 まさか、と思って調べてみると、疑念が確信に変わった。

 見聞きした情報と類似性が高い。なにより、「十歳まで生きられればいいほう」という点が合致する。

 あれだけ調べてわからなかったことが、なぜ応募したあとでみつかるのだろう。もっと早くにわかっていたら、たった数行のセリフであったとしても、最新の正しい情報を作品に書けたのに。

 落胆すると同時に、わたしの中には安堵感も広がる。

 幼馴染のことを語る人も、覚えている人もほとんどおらず、確かに生きていた証と呼べるものさえ残っていない。

 だからこそ。病名がはっきりしたことで、確かに生きていたのだと思うことができる。

 もういないし悲しいのだけれども、あの人の幼馴染であったわたしだけは、最期まで覚えていたい。

 おそらく幼馴染の病気は、「指定難病131」だろう。



 指定難病131 稀少な難治性神経変性疾患であるアレキサンダー病(Alexander disease; ALXDRD)とは、GFAP(glial fibrillary acidic protein)遺伝子変異を認める一次性アストロサイト疾患。脳のアストロサイト細胞にローゼンタール線維と呼ばれる異常なタンパク質が蓄積することを特徴とし、けいれん、頭囲の拡大、精神運動発達の遅延、自律神経の機能異常などの症状が見られる遺伝性疾患である。

 アレキサンダー病(Alexander disease; ALXDRD)の最初の報告は一九四九年、アレキサンダーによる頭囲拡大、精神遅滞、および難治性けいれんを認めた生後十五か月の乳児剖検例だった。

 この症例の特徴的な病理学的所見は大脳白質、上衣下および軟膜下のアストロサイト細胞質内の多数のフィブリノイド変性で、これらはのちにローゼンタル線維と同一であることが判明。

 以後、約五十年間にわたりアレキサンダー病は「病理学的にアストロサイト細胞質にローゼンタル線維を認める乳幼児期発症の予後不良の進行性大脳白質疾患」と認識されてきた。

 乳児期に発症するけいれん、頭囲拡大、精神運動発達の遅れを中核症状とし、十歳に満たずなくなってしまう疾患とされ、診断はもっぱら脳の病理組織で行われ、生前の確定診断は難しい状態にあった。

 しかし二〇〇一年、アレキサンダー病患者の九十パーセント以上に、ローゼンタル線維の構成成分の一つ、アストロサイトの特異的な中間径フィラメントであるグリア線維性酸性タンパク(glial fibrillary acidic protein; GFAP)をコードする遺伝子GFAPが疾患遺伝子として報告されて以降、遺伝子検査により診断が可能となる。以後、乳幼児期発症例とは臨床像が大きく異なる成人以降に発症し、進行も比較的緩やかなアレキサンダー病が存在することが明らかになる。

 現在、アレキサンダー病は「乳児期から成人期まで幅広い年齢層で発症するGFAP遺伝子変異による一次性アストロサイト疾患で、病理学的にはアストロサイト細胞質のローゼンタル線維を特徴的所見とする」と定義。

 主に乳児期に発症し、けいれん、頭囲拡大、精神運動発達の遅れの三つを主な症状とする「大脳優位型」、学童期あるいは成人期以降に発症し、 嚥下 機能障害、手足の運動機能障害、立ちくらみや排尿困難などの自律神経機能障害などの症状を主な症状とする「延髄・脊髄優位型」、両型の特徴をみとめる「中間型」に分類されている。

 診断は、これらの症状と頭部MRI検査にて、アレキサンダー病を疑い、遺伝子検査にて確定される。日本では、約五十名の患者がいると推測。現在も、根本的治療法は確立されていない。 

 だが、二〇二三年十一月二十三日。山梨大学の研究チームは、このアレキサンダー病の進行抑制に関与する細胞を発見した。

 特に、グリア細胞の一種である「ミクログリア」がアストロサイトの異常を「P2Y12受容体」という蛋白質で感知し、自身の形態や性質を変化させていることが解ったのだ。

 P2Y12受容体を抑制すると、ミクログリアはアストロサイトの異常を感知できなくなり、アレキサンダー病の病状が悪化することが解った。

 すなわち、ミクログリアはアストロサイト病態を監視しながらアレキサンダー病の病態進行抑制する役割を果たしていることが示唆された。これらの発見は、将来的にアレキサンダー病の新しい治療戦略につながる可能性があると言える。



 余談だが、ブルーライト文芸のような、死別や消失をする泣けるエモい作品が苦手な理由は、わたしにとっては現実に起こったことだからである。 

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