第6話 大人になったんやから

 そのあと、倫恵ともえは私立のエリート中学校に入学し、わたしは地域の公立に行って、会わなくなった。

 最初のころはSNSでやり取りもしていたけれど、それも、一年もしないうちに途絶えた。

 ちなみに、その私立のエリート中学校は、ネクタイがかっこいいセーラー服の制服だった。制服の色は濃紺だったから、倫恵は「学校にピンクの服を着て行く」ということはできなくなったはずだ。

 それで、皮肉なことに、なのかどうか。

 わたしの通った公立中学校は制服がなかったので、ここに通ってさえいれば、倫恵は毎日でもピンクの服を着て学校に通えたのだけど。

 そのことに気づいたときには、もう倫恵とわたしの連絡は途絶えていた。

 「懐かしいな、倫恵」

と思っただけで、連絡を取ってみようとも思わなかった。

 みんなが二十二歳になった歳の連休、小学校を卒業して十年ということで、小学校のクラスの同窓会が開かれた。

 会場は小学校の体育館だった。

 その更衣室で、あの日、倫恵が「着る服、交換しよ」と言い出した場所だ。

 倫恵は、やっぱりピンクを着てくるだろうか。

 大人になって、ピンクのワンピをシックに着こなす倫恵……。

 そんな姿を見せてくれたら、やっぱり嫉妬するだろう。

 「幸子」

 後ろから声をかけられて、振り向いた。

 正面が白、というかすごく淡いベージュ、サイドがネイビーというシックなワンピースを着た女が、こっちを見ていた。

 しばらく、それがだれかわからなかった。

 「えっ? 倫恵?」

 「うん」

 「そうに決まってるやろ」とかは言わず、落ち着いた声でそう答える。

 「ひさしぶり」

 「ひさしぶり。幸子さちこ、落ち着いたなあ」

 なんでわたしが先にそう言われる?

 「いや。あんまり落ち着いてないけど、社会人も四年もやってると、見てくれぐらいはおとなしくする癖がついてしもうて」

 「ああ」

と、倫恵が言う。

 「社会人の先輩やね、幸子は」

 「あ、そうか」

 わたしは気がついた。

 「そういえば、大学行ってたんやね」

 わたしは、高卒で、父親の一族がやっている「同族企業」というのに就職して、そこの事務員というのをやっている。零細企業なので、お茶やお茶菓子の用意、弁当の発注から、経理のあれこれはあたりまえとして、「すみません。このままやと納期に間に合いません」というお詫び電話をかけるのまで、ぜんぶやっている。

 というか、やらされている。

 そんなんを二十歳の女ガキにやらせてええんか、と思うけど、わたしがやらないと会社が回らない。

 でも、倫恵は、エリートのお嬢さんやから、それは、大学行くわな。

 倫恵にきく。

 「社会人、って、倫恵、どうなったん?」

 倫恵は外国資本の金融企業の名まえを挙げた。そこに就職したという。

 昨日まで台北たいほくにいて、昨日の夜に帰って来た。明日は東京に行き、そのあとはサンフランシスコに行くらしい。

 さすがエリートのお金持ちのお嬢様。

 「せやけど」

と、トリあえずわたしは倫恵にきいた。

 いや。今回はもう「とりあえず」でいいのか。

 いたずらっぽく、言う。

 「今日もピンクの服着てくると思うてたけど」

 いや、国際ビジネスの現場で、ピンクの服というのは、とか答えるのかな、と思う。

 でも、ピンクのブラウスにネイビーのフレアスカートとか、いかにも有能そうで、ほんとうに有能な倫恵には似合うと思うけどな。

 でも、倫恵は気弱そうに、言った。

 「倫恵も大人になったんやから、これ着なさい、って、おばあちゃんが作ってくれて」

 「はあ」

 倫恵は、いまもおばあちゃん子のお嬢ちゃん。

 そして、おばあちゃんの気もちを考えると「たてく」ことのできない、優しい子なんや。

 それに、そのおばあちゃんは、あんがい、「倫恵らしさ」を見抜いて服を注文するだけのセンスがあるのかも知れない。

 そこで、わたしは言った。

 「似合ってるよ。ほんまにようできる国際金融ビジネスレディー、いう感じや」

 倫恵は口をとんがらせた。

 そうそう。

 これこそ、ほかのだれにも見せない、わたし限定の倫恵の表情。

 「まだレディーと違うよ。ガール、って呼んでほしいわ!」

 いや、それはかえってヘンやろ。

 そう思ったが、それは言わないでいると。

 「でも、ありがと」

 倫恵は、そう言うと、笑った。

 ちょっといたずらっぽそうに。


 (終)

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おばあちゃん子のお嬢様とピンクの服 清瀬 六朗 @r_kiyose

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