竜胆、桔梗、あるいは向日葵
縦縞ヨリ
竜胆、桔梗、あるいは向日葵
花屋に入ったのなんて何年振りだろう。高校生の時に、卒業式で部活の先輩に渡す花束を部費で買って以来かも知れない。
花を買うのはなんだかとても非日常的で、それでいてくすぐったい。
渡す相手の事を思い出しながら、色とりどりの草花が所狭しとひしめき合っている店内を、まるで秘密の花園を探検するみたいな気持ちで、興味深く探索する。
むせ返るような緑の匂いだ。
昔一度だけ登った山の、登山の空気を思い出す。
若い店員の女性が、奥で花の茎を短く落としながら、お決まりでしたらお声掛けくださいと言う。軽く会釈をして、私はあの人のことを考えた。
思い出す冬の光景に、鮮やかな色の青いコートが似合っていた。アウトドアブランドの、ロイヤルブルーのコートの性能を得意気に語っていた。
ウールのシンプルなセーターを着ているのも好きだった。こちらはブルーグレーで、合成繊維の安物では無く、暖かくて丈夫な良いものだと言っていた。
目の色は真っ黒で、髪も艶やかな黒髪だった。真っ黒な綺麗な髪のことを「緑の黒髪」と言うんだと教えてくれたのもその人だ。そんな髪や目の色も、澄んだ青や白に良く映えた。
多分あの人は寒色を好んで着ていた。青い色が好きだったのだろう。ならば、幾つか青い花を選んで、あとは店員に任せてアレンジメントにしてもらうのが良いか。
しかし。外見はさておき、本人のイメージだと、不思議と寒色という感じがしない。
あの人はいつでもエネルギッシュで、情熱的で、好きな事に打ち込むのが何より好きだったんだと思う。あの人の魂に色が着いているなら、それはもう、燃え盛る太陽みたいな色だろう。
私は少し悩んだが、やがて一つの結論にたどり着いた。何、簡単な事だ。小さいのを二つ買って行けばいいのだ。
用途を思えばその方が都合が良いだろう。程よく花や緑を足したアレンジメントにして、包装は簡素にと頼んだ。
私は花束を二つ買って車に乗りこみ、ほんの小旅行のような距離をナビを相棒に走る。
生まれ育った街なのか、墓だけがこちらにあるのか、私には分からない。
ただわかるのはあの人が、大好きな登山の折に山で遭難してしまったことと、そして救助が間に合わなかった事。それだけだ。それだけ。
空は青く、こんな晴天ならあの人は山を想っただろう。次はどこに登りたいと話す、輝く笑顔が見える様だった。
墓を軽く洗い清め手入れして、四十九日に供えらたらしい枯れかけた花を退けて、あの人の為に選んだ花を、墓に供える。
線香に火をつける。どうかもう、寒くないように。
左は貴方が好きな青の花束、桔梗や竜胆は、山間の道すがらでも目にしただろうか。
右には想い出を偲んだ、黄色い、心が燃える様な向日葵の黄色の花束。
どうかあなたの新しい旅路が、青い空のもと、明るく鮮やかな、美しいものでありますように。
竜胆、桔梗、あるいは向日葵 縦縞ヨリ @sayoritatejima
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