その能力、強すぎるので調整します。
家葉 テイク
二一〇四年度前期異能調整会議
「これより、二一〇四年年度前期
議場に、老年に差し掛かった男の声が響いた。
そこは、ドームの様な空間だった。
中心に向かって円状に並ぶ座席には老若男女さまざまな人間が座り、そして議長と思しき老人の声に粛々と従っている。
老人は彼らを眺めて頷くと、咳ばらいを一つする。
「みなも知っての通り、我らは地上の人間に各々が作成した
老人はそのこと自体は喜ばし気にしながら、
「中には、我々『神』が想像もしておらんかった方法で
老人──いや、老神『ウォーデン』の言葉に呼応するようにして、眼鏡をかけた年若い女性が議場の中心へ歩いていく。
ビジネススーツを身に纏った女性は、カツカツと靴音を議場に響かせながら議場の中心に立つと、辺りを見渡してから声を上げた。
「──此処からは、私『ネイト』が司会を担当致します。まずはお手元の資料をご覧ください」
眼鏡の女神──ネイト神の言葉に応じて、議場から一斉に紙が擦れる音が鳴る。
ネイト神もまた同じように紙をめくりながら、
「一つ目の
ざあっ──と、議場にいる神々の間に、波が立つようなどよめきが走る。
この会議で名前を挙げられるということは、即ち現世でも十二分に活躍した、いわば『有名』な
どよめきを無視して、ネイト神は続ける。
「では、セクメト神。
「ええ、承知しましたわ」
セクメト神は応じて、ぺらりと資料をめくる。
事前に
「
つまり、アスファルトに『蜂の巣』を営巣すれば、アスファルトで出来た蜂を使役できるということである。
「一つの『蜂の巣』から放てる蜂は、最初は一〇匹。その後は時間経過と共に増えていき、最大で五〇匹となりますわ。ただし操作は群体単位でしか行えず、一匹一匹の個別操作は不可能。また、蜂は『蜂の巣』から五メートル以内でしか活動させられず、『蜂の巣』が破壊された時点で蜂も含め解除されるのが弱点となりますわ」
蜂の軍隊は強力だが、その操作範囲は『蜂の巣』から半径五メートル。かつ、材質自体は触れたところと同じである関係上、実在の蜂の脅威である有毒性などは失われており、攻撃力は低い。
ただ一方で、任意の材質の小物質を無数に遠隔操作することが可能という万能性と小回りを生かし、本体は逃げ回りながら『蜂の巣』を営巣して立ち回る中距離型としての活躍を期待された
しかし────
「…………問題は、不定形物に『蜂の巣』を営巣した際の挙動でした」
人間は、神が与えた
「たとえば水に触れた場合、そこから水の『蜂の巣』が発現します。この時、『蜂の巣』は自壊しないよう異能によって弱い力で保持されるのです。これは、蜂自体にも同じことが言えますわ」
弱い力で、というのが重要である。
つまり、一応水の蜂を使役することは可能だが、何かに衝突したらその時点で簡単に弾けてしまう、ということ。
この
即ち──
「小麦粉に『営巣』しての粉蜂の使役。集団突撃による広範囲の煙幕──そして、きわめて容易な粉塵爆発の誘発」
『粉塵爆発』。
本来であれば粉が一定の密度で存在しているところに火種を用意しなければ発生しえない限定的な現象だが、数十匹の蜂を一斉に突撃させて発生させた小麦粉の大煙幕の中であれば、発生は容易だ。
あとはそこにマグネシウムにでも営巣させて生み出したマグネシウム蜂を突撃させれば、中で発生した火花が引火して大爆発というわけである。
この戦法の凶悪なところは、小麦粉もマグネシウムも比較的確保が簡単かつ、持ち運びも難しくないという点だ。
『
そして、応用の核には蜂が群体であるという部分が強く関連している。つまり、一匹一匹を潰そうが関係ないのである。一度捕まってしまえば、逃げることができない必殺性。これもまた、『
結果として──
「『
そこまで一息に言ったセクメト神は、一呼吸入れてから、
「ついては、この場では『
「どうもこうも、調整案など一つしかなかろう?」
そこで、一人の男の声が女神の進行に横槍を入れた。
声の主は、爬虫類の鱗のようなてらてらとした輝きを持つマントを羽織った、若々しい男だった。
男は腕を組みながら退屈そうにして、
「諸悪の根源は不定形物にも営巣可能とした点であろう。『営巣は固形物にしかできない』とするだけで調整としては十分ではあらぬか?」
「いや、その場合は水の蜂を操作する応用が失われる。多様な材質の蜂の群れを操作して創意工夫するのがウリの
男の指摘に言い返したのは、白い衣で下半身を隠しただけの半裸の男だった。
二人の男神が互いに意見を交わしたところで、一旦発言権をセクメト神に預けていたネイト神が口を開く。
「ヴァハグン神、アレウス神。発言は挙手をしてからお願いします」
セクメト神の注意を受けて、蜥蜴革マントの男──ヴァハグン神は大人しく挙手をする。
筋骨隆々の男が静かに挙手をする姿は、かなりシュールだった。
「その選択肢の多さが、問題の温床になっておるとも言えるだろう。たとえば水の蜂にしても窒息攻撃を狙えば近接戦特化の人間は太刀打ちできぬ。他にも、この者が見つけていないだけでいくらでも入手可能で悪用が容易な物質はある。それを制限する意味でも、不定形物禁止の調整が妥当だ」
「むぅ…………」
ヴァハグン神の指摘に、アレウス神は言葉を詰まらせる。
確かに、異能において操作対象物質の幅広さというのは大きなファクターの一つである。人間の身近には意外と様々な物質があり、『
化学反応を利用すれば毒物の生成すらも可能だし、そうした悪用全般を潰すのであれば『不定形物には営巣できない』という制限は分かりやすく用途を絞れる名案の一つではある。
と。
そこで、スッと一本の手が挙げられる。
挙手の主は、ゆったりとしたワンピースを身に纏った一人の女性だった。
「エリウ神。発言をどうぞ」
「ヴァハグン神の案もいいと思うけどぉ。操作対象よりも操作性能の方を調整するのだってアリじゃないかしらぁ?」
エリウ神──と呼ばれたおっとりとした雰囲気の女神は、そう言って右手を頬に添える。
「危険な物質を使った悪用が問題と言っているけれど、結局今回の粉塵爆発にしたって、ただ粉塵爆発を起こせるだけなら『ランク:ブルー』の
「む…………」
「今回『
「…………確かにそうだな」
エリウ神の指摘に、ヴァハグン神は静かに頷く。
エリウ神はにっこりと微笑んで、
「私も、操作対象の多彩さというこの
「それはどうでしょう」
エリウ神の提案に対して異を唱えたのは、黒いドレスを身に纏った女神だった。
鋭い眼差しをそのままに、女神──アテナ神は言う。
「そもそも蜂は『蜂の巣』から半径五メートル内でしか稼働できません。もともと『蜂の巣』を持ち運ぶという運用も、この制約で戦うにはあまりにも厳しすぎたからだったのでは? 移動不可にしたら局地的な戦闘にしか使えなくなり、却ってこの
「じゃあ……どうするべきだと思うぅ?」
「『移動不可』の制約に加えて……『巣分け』による『蜂の巣』の実装は如何でしょうか。蜂の数が最大数まで到達した『蜂の巣』は、五メートル内の任意の箇所にさらに営巣して新たな『蜂の巣』を造ることができるようにするのです。そうすれば、持ち運ぶよりは遅くなりますが、使用感はマシになるでしょう」
アテナ神の提案に、おぉ……と議場内に感嘆の声が溢れだす。
単なる制約の追加だけでなく、新たな機能の実装による使用感の変更という形でのバランス調整。致命的な悪用のみを防ぎ、極力『現在の運用』から強さを損なわないようにする手腕は、流石歴戦の女神と言うほかない腕前だった。
議場内の神々に異論がないことを見て取ると、ウォーデン神は厳かな面持ちで木槌を打つ。
結論が、確定した合図であった。
「では、『
①『蜂の巣』は発現場所から移動させられない。仮に移動させようとした場合、『蜂の巣』は崩れて破壊される。
②蜂数が最大に到達した『蜂の巣』の蜂は、任意の箇所に『巣分け』して新たな『蜂の巣』を生み出せる。
この調整は、本日深夜零時より反映される。セクメト神は対象の者への調整反映作業を行うのじゃ」
「承知しましたわ。アホのビンタをお見舞いしましてよ」
──その後も様々な
…………アナタの知っている異能バトル漫画で突然能力の内容が変わったりしているのは、実はこうした裏事情があったりするのかもしれない。
なお、調整後の『
その能力、強すぎるので調整します。 家葉 テイク @afp
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