花の色は

西しまこ

移りにけりないたづらに

 美しいわたしが好きだと言ってくれた、あの人。


 どうしても結婚して欲しいとプロポーズされ、結婚して、幸せだった。

 裕福な生活。優秀な息子たち。

 絵に描いたような幸せ。

 わたしはいつも部屋をきれいに整え、バランスのよいおいしい食事を作り、時にはお菓子を焼き、マフラーや手袋を編み、時には服や小物を縫い――主婦として、羨ましがられるような存在でいた。

 もちろん、見た目も手を抜かなかった。子どもを二人産んだけれど、体型維持のため運動は欠かさなかったし、食事制限もした。美しくいるために、定期的に美容院に通い、お肌のお手入れも怠らなかった。

「年をとってもきれいな君が好きだよ」

 そう言うあなたに、わたしは美しく微笑む。

 ママたちの中でもきれいなわたし。



 でも、見てしまった。

 あれは、買い物に出かけ、少し疲れて喫茶店に入ったときのことだった。ほんの偶然だった。

 大きなガラス張りの窓から、何気なく往来を眺めていたら、若くてきれいな女の子と腕を組んで歩くあなたを見たのは。


 女の子――まだ二十代前半に見えた。

 わたしたちの息子たちと変わらないくらいの――もしかして息子たちよりも若い、女の子。

 二人は、腕を絡ませ、身体を寄せ合い、そして熱い視線を交わしていた。

 そうだ。

 わたしがあなたと出逢ったのも、二十代前半だった。それにあの女の子はどことなく、若いころのわたしに似ていた。



 子どもたちは成人して、独立していた。

 誰もいない家の、洗面所の鏡に映る自分。

 皺は増え白髪も増え――髪には潤いもなかった――顔のつやもない。肌はどこもかもかさかさで、干乾びているように感じた。顔の肉も身体の肉も、重力に負け下に沈んでいた。痩せている分、何か骸骨を思わせるような痛いたしさがあった。


 美しさのなくなったわたしには何が残るのだろう?

 春を呼ぶ菜の花のような、若々しく瑞々しい、彼女を思った――夫と腕を組んで、怖いものなどないかのように笑っていた、女の子。



 いつの間にか雨が降っていた。

 外は陽が落ちて暗くなり、リビングの窓ガラスは鏡のように、陰鬱な中年の女の顔を映し出していた。

 雨は桜の花を散らし、細く冷たく降り続いた。




   了

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