井戸の底の色彩

不労つぴ

井戸の底の色

 私には霊感のようなものがある。幼い頃から人ではないナニカが見えた。しかし、私のそれは完璧でないようで、人ではないモノの色しか見ることが出来ない。


 色のついたもやのようなものが見えるだけで、輪郭はぼやけてよく見えない。基本的に人型の白い靄や、オーブのように球体の靄のようなものが見えるのみなのだ。


 他の色がついた靄も、私は今まで数回しか見たことがなく、白以外の靄はそんなには存在しないのだと思う。











 私は教授からの頼みで、とある廃村を訪れた。


 教授の頼みと言えど、私は出来ることならその廃村に近づきたくなかった。しかし、教授に頼みを聞いてくれれば来月のテストは大目に見ると言われ、迷った挙げ句に引き受けてしまった。


 私がその廃村に行きたくなかった理由――それは、その廃村がいわくつきの土地だからだ。


 そういうには高確率で人ではないモノがいる。

 白い靄であれば別段問題はない。

 彼らは人に危害を加えることは滅多にないし、時間や場所を問わずそこら中にいるからだ。


 人ではないモノは夜にしか現れないというのは迷信なのだ。

 だが、前に一度だけ、そういう場所で赤い靄を見たことがある。

 赤色は見たのが初めてだったが、一目見ただけで分かった。


 アレに近づいてはいけない――と。


 それ以来、私は極力白以外の色がいそうな場所は避けてきた。

 赤色の靄のときは運が良かっただけで、次にそういったものに遭遇したらどうなるか分からないからだ。


 今回行く廃村では、数年前、村人全員――と言っても十数人しか住んでいなかったが――が殺害されるという凄惨な猟奇殺人事件が起こった。

 その事件は、連日のようにニュース番組などで報道され、私もそのニュースを見た記憶がある。


 未だ詳しい原因は分かっていないが、犯人である年老いた農夫が何らかの原因で精神に異常をきたしたことが原因なのではないかと推測されていた。


 その農夫は近隣の村人だけでなく、自身の妻や娘も殺害していた。

 村人を殺し終えた農夫はそのまま自身の腕で首を締め、絶命したという――。

 それらの所業は、とても正気の沙汰とは思えない。


 私は、その廃村で何か今までに見たことがないようなモノと出会うのではないか――そのような漠然とした不安のようなものを抱いていた。









 夕方、村についた私を驚かせたのは、その灰色の荒れ地だった。


 木々や植物の類は一切生い茂っておらず、もともとの名残か、枯れ果てた植物の成れの果てが地面に横たわっていた。


 周りを見渡すと、残された家々もボロボロで蔦の生えた廃墟と化しており、人が住まなくなってから数十年は経過しているように見える。


 とても数年前まで人が住んでいたとは思えない。

 さらに異常なのが、ここにはのだ。


 おかしい。


 普通、このようないわくつきの土地には少なからず良くないもの――白以外の靄がいるはずなのだが、それもいない。


 白い靄はどこにでもいる。


 しかし、ここにはそれすらいない。

 今まで生きてきて、こんな光景は初めてだ。


 ふと、視界の端に井戸がある様子が目に入った。


 その井戸は周りの光景と比べ、あまり寂れていないような気がした。

 私は吸い寄せられるように井戸に近づく。

 井戸には古びた蓋がしており、私はそれを外して井戸の中を覗き込む。


 そこには。


 ――井戸の底には光るナニカがいた。


 それは靄などではなく、色そのものだった。

 いや、色そのものとしか言いようがなかった。


 ソレは光のスペクトルとでも言えばいいのか、私が今まで見てきた色付きの靄とは全くに異なる存在であることを私は確信していた。


 きっと、この『色』は周囲の生命――いわば命のを吸い取って生きる、そういう生き物なのだろう。

 この不毛な荒野は、この生き物によって命を吸われた――その成れの果てなのだ。


 数年前に、この村に隕石が落ちたというニュースを見たことがある。

 もしかすると、この生命体はそのとき、この星に降り立ったのではないだろうか。


 井戸の底はなおも光り輝いていた。

 この生き物はこれからも他の生き物から色を吸い取り続けるのだろうか。

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井戸の底の色彩 不労つぴ @huroutsupi666

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