とうめいなかいじゅう

秋待諷月

とうめいなかいじゅう

 そのかいじゅうは、色を食べるのが好きでした。


 大きな体と二本のりっぱな角、ぎざぎざの牙をもつ、とっても強いかいじゅうです。

 体の色は、まいにち違います。かいじゅうが食べたものによって変わるからです。

 お日様からこぼれたような果物を食べれば黄金色に。ゆたかにしげる葉っぱを食べれば緑色に。うろこがぴかぴか光る魚を食べれば銀色に。かたい石をがりがりと噛み砕けば灰色に。ぐつぐつ煮えたぎる溶岩を飲みほせば、もえるような赤色に。

 かいじゅうはとても食いしんぼうで、どんなものでも食べてしまいます。だから体はいつでも、いろんな色に染まっています。

 もともとがどんな色だったのかは、わかりません。とっくの昔に忘れてしまいました。

 けれど、かいじゅうは気にしていません。

 おようふくを着がえるように、つぎつぎと色が変えられる体が、かいじゅうのじまんだったのです。




 ある日かいじゅうは、自分の体を「ある色」に染めたいと思いました。

 それは、とてもきれいに晴れわたった、青い青い空の色。

 あの、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな深い青色そのものになれたら、それはどんなにすてきなことでしょう。


 かいじゅうはとてもはりきって、いつものように大きく口を開け、むしゃむしゃと空を食べはじめました。


 大きなかいじゅうよりも空はずっと大きくて、食べても食べても、いっこうになくなりそうにありません。食べほうだいに気をよくして、かいじゅうはますます調子にのって空をむさぼります。

 けれどかいじゅうの体は、空をどれだけ食べても、青色に変わるようすがまったくないのです。


 それどころか――だんだんと透明になっていくではありませんか。


 かいじゅうはおどろき、いよいよむきになって、空を口へとはこびます。

 体はどんどん透けていきます。りっぱな角も、ぎざぎざの牙も、どんどん空気に溶けて見えなくなっていきます。




 やがてかいじゅうは、ほとんど透明になってしまいました。




 こわくなったかいじゅうは、ついに空を食べることをやめました。

 けれど、どれだけ待っても、からだは元にはもどりません。




 うっすらと、りんかくだけしか見えないかいじゅうの、ちょうど目がありそうな場所から、水がぽたぽたとこぼれ落ちます。

 ぽたぽた、は、ぼたぼた、になり、やがて滝のようになって、あとからあとから水が流れ出しました。おんおん、と、かいじゅうがなく声が、空の中にひびきます。




 ないて、ないて、なきつかれてなきやんで――そこで、かいじゅうは気がつきました。

 かいじゅうの足下にできた水たまりには、かいじゅうのすがたがぼんやりと映っています。

 そのからだは、頭の上に広がる空を透かして、青く青く染まっていました。




 かいじゅうは、目をぱちくりとさせます。

 青い体の中、泣きはらした目だけがちょっぴり赤くなって、顔には虹がかかっていました。

 とてもきれいな七色でした。




 Fin. 

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とうめいなかいじゅう 秋待諷月 @akimachi_f

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