済野さんはDIYをやってみたかったらしい【KAC20247(テーマ:色)】

🎨

 済野さんは変わっている。


「今日は、納屋にペンキを塗りましょう」


 夏のある日、朝食を食べながら済野さんは言った。


「あの寂れた納屋を?」


 僕は聞き返す。僕にとっては納屋にペンキを塗るなんて唐突な話だった。

 庭の隅にある納屋は、ずっとほったらかしにしていて、今更何か手入れをするなんて考えもしなかったから。


「そう、あの寂れた納屋を」


 済野さんはうっとりと言った。


「きっと素敵になるわ」


 目がキラキラしている。こうなった済野さんはもう止められない。今日も済野さんの思いつきに振り回されるのだろう。僕は心の中でため息をついた。同時に、どうしようもなくわくわくもする。


「わかったよ。じゃあ、ペンキを買いに行こうか」


 そんなわけで僕らはホームセンターに向かった。



 ―――

「何色にするの?」


 色とりどりのペンキの前で、僕は済野さんに尋ねる。

 ペンキコーナーに来てそろそろ十分ほど経とうとしていた。


「そうね、何色がいいかしら?」


 なんと、済野さんが僕に意見を求めてきた。

 何かすると言い出したときの済野さんは大抵、既に全てを決め終わっているものだったから、僕は少し拍子抜けしてしまう。


「うーん、じゃあ夏だし、水色なんてどうだろう」


 しばしの思案の後、僕は無難に答える。


「……水色、いいわね」


 済野さんは水色のペンキ缶を手に取った。

 正直意外だった。

 済野さんという人は、他人に意見を聞いておきながら、実は自分のしたいことは決まっている。しかし、そう思っていたのは誤解だったようだ。僕は済野さんへの認識を改めた。


「でも、オレンジも捨てがたいのよね」


 済野さんは、オレンジ色のペンキ缶も手に取った。


「両方塗ったら?」


 特に深く考えず、僕は言った。

 どちらか片方に決めるより、両方買った方が、済野さんが悩まなくてすむだろうし。


「そうね」


 済野さんは、両方とも買い物カートに入れた。


「あと、茶色と深緑と紫もいいと思うのよね。それにピンクも」


 済野さんがどんどんとカートにペンキ缶を入れていく。


 しまった。

 最初に、両方買うことを提案したから、今更買い過ぎだなんて言えない。僕は済野さんにはみみっちい人間だと思われたくないんだ。


「じゃあ、行きましょうか」


 十種類ほどのペンキ缶をカートに入れた済野さんは満面の笑みを浮かべて僕に言った。



 ―――

 数時間後。

 済野さんは納屋の壁を全て塗り尽くした。

 更には屋根も。


「済野さん」


 満足気な済野さんに僕は尋ねる。


「なんでこんな真っ黒なの?」


 納屋は、形容しがたい色になっていた。

 一番近い色は黒だけど……形容し難い色合いだった。


「なぜかしら」


 済野さんは首をかしげる。

 今回は済野さんの天然属性がとても悪い方に働いてしまったらしい。


「素敵な色と素敵な色を混ぜたらもっと素敵になるかなと思って全部混ぜてみたんだけど……」

「思い付きをそのままやっちゃうなんて子どもかな??」

「想定外の色ができたけど、塗ったら案外素敵に見えるかも、と塗ってみたんだけど……」

「黒いね」


 天然ここに極まれり。


「そうね。あなたの見えている黒とわたしの見えている黒が同じ黒とは限らないけど」


 まだ言うか。

 普段通りの済野さんの発言も、今はやめてほしい。このタイミングじゃないんだよ、済野さん。


「……白いペンキが残っているから、乾いたら塗り直すわ」


 珍しく済野さんが殊勝なことを言った。

 なんとなく、僕はバツが悪くなる。


「いいよ、これはこれで味があるんじゃない?」

「そう?」


 嬉しそうに済野さんがこちらを見る。

 苦し紛れの慰めで適当に言ったことだったけど、済野さんが嬉しそうにしていると、だんだんこの納屋も悪くないように思えてきた。






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済野さんはDIYをやってみたかったらしい【KAC20247(テーマ:色)】 @ei_umise

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