13P 切り裂きジャックの影

「どういうことですか、これ……」


 警察署。昨日ぶりに訪れた始は、その惨状を見てようやく口を開いた。

 目の前にはベッドに寝かされている、心臓を抉り出された死体がひとつ。昨日話したばかりの、木島伊織だった死体がそれであった。監察医から説明を受ける智樹をよそに、始はその死体のそばまで行く。

 その隣を、おびえた様子の結以が歩いた。上から小春も、死体をのぞき込む。


「あの、始……この方は。いえ、この、殺され方は……」

「うん。切り裂きジャック事件と同じやられ方。でも、誰が……それも、僕がいなくなった後に」


 聞けば彼女は、夜間にあの邸宅の中で亡くなっていたという。その様子を、彼女に呼ばれた人物が見つけたことで、今こうして検死が行われていた。

 その死体のそば、家の中の壁には。

 

 切り裂きジャックは再び。

 

 そういう旨のメッセージが残されていたという。


 警察内では切り裂きジャックが再び動き出したということで、皆があわただしく動いており、今静かなのはこの部屋くらいのものだった。始はここに来る前に携帯をちらりと見て、嘆息した。すでに警察外に、切り裂きジャックが復活したという旨が伝わっていたのだった。

 メディアのかぎつける速度が、あまりに早かった。

 何かが状況をこちらの方向へと動かしたような、そんな違和感を感じる。


『……この人』


 と。小春が小さく、伊織を見てつぶやくのが聞こえた。


「知ってるんですか?」

 

 そうでなくても何か思い出したかもしれない。始は小春に尋ねる。

 すると小春は神妙な顔のまま、言った。

 

「……友達のお母さんなんだけど……うう、それ以上思い出せないや」


 小春は笑って「ごめんね」と謝った。その様子はどこか力なく。

 始は「ありがとうございます」と伝えつつ、ちょうど戻ってきた智樹に話を聞いた。


「遺体の死亡時刻は午前二時。俺たちが家を出て行った後、しばらくしてから殺されたらしいな」

「……何故、今になって?」


 その問いに、智樹は「わからないな」と声を漏らす。

 始もその答えが来るのはわかっていたようで「でしょうね」と返してため息をついた。


 ジャックが伊織を、自分のことを嗅ぎまわっている相手を、十年経った今になって殺害した。

 状況そのものは、あり得ることだ。犯人が例えば、事件に近しい人間だったとして。その場合、自分の進退を危うくする何かを持っている相手がいれば、その人間に何かしらの危害を加えて口封じする、というのは。

 いや、もう例えばと、あやふやな言葉を使うのはよそう。


「……伊織さんの遺体の状況について、教えてください。そのあと、すぐに情報を整理しましょう」


 始は言いつつ、結以を見る。兄よりも長い時間、遺体に手を合わせていた結以は、それに気づいて振り向いた。


「結以。情報まとめるの手伝って」

「は、はい」

「それと……あっちも、手伝って」

「あっち……え、いや、でもそれは」


 突然言われた言葉の意味を理解して、彼女は始を止めようとする。しかし始は首を振り、言う。

 

「僕がやるしかないんだよ。でも、僕一人じゃダメなんだ。だからお願い。ジャックを捕まえるのを、手伝ってほしい」

「はぁ?」


 その願いに結以よりも先に応えたのは、智樹だった。彼は始と結以の間に割って入るや、少年の前に立ち、顔を寄せる。


「なに言ってんだ。お前、また勝手なことを」

「僕らは依頼を受けたんです。だから、この殺人鬼は僕たちが捕まえます」


 そう宣言する始。まっすぐに見据えられた智樹は、しかしひるまず続けようとして。

 そこでまた割って入られた。小春だ。彼女は慌てた様子で、始に言う。


『待った待った! そもそも私そんなこと頼んでないよ!』

「そうかもしれません」

『そうかもしれませんって……わかってるのならなんで』

「あの人が、伊織さんが死んだのは僕のせいなんです」


 何を言っているんだと。小春と智樹が言おうとして、始はそれよりも早く告げる。


「僕はこの依頼を、ただ十年前の終わった事件を調べるだけだと思っていました。楽観視していたんです。そもそもこの事件は、十年前の時点でも一切解決していない。情報が混ざり合って、何もわからず、結局最後に犯人が逃げてしまった。そしてまた、その被害者が出た。確かに眠っていた事件かもしれません。でも、その事件を目覚めさせたのは僕なんです。僕がむやみに動いた結果、彼女が殺された。なら、僕は」

「待て待て待て。つったってなぁ、まだ二日だぞ! 依頼受けて調べてそこで殺されたのが偶然被っただけかもしれない。元々依頼を受けるよりも前から何かが始まってたのかもしれない。別に、お前のせいでこうなったわけじゃ」

「そうであっても。関わったなら僕は逃げたくない。だって一度逃げたから。もうこれ以上、逃げるわけには、行かないんです」


 小春はそんな彼をじっと見ていた。その瞳に、曇りはない。しかしどこか、危険な色がのぞいているようにも感じた。会話の内容も、彼女にはわからなかった。

 昨日、夕暮れ時に結以に感じた違和感と同じ。隠しているわけではない、何か奇妙な秘密を持っているような。自分と二人とで、何か重大なことが異なるような。そんな、違和感。


『言っても聞かない、よね』


 小春は問う。目の前で言い合う二人を見据えて、それから始を見て。彼はうなづく。

 そうか。それなら……仕方ない、のかもしれない。

 出会って二日。まだそれほど時間もたっていないのに。なぜ彼がここまで、のめりこんでしまっているのか。しかし小春は気になってしまった。

 彼が最後に、自分を殺した犯人を、切り裂きジャックを捕まえるのかどうか。できる気もする、しかし危うさも感じる。信じてみたい気持ちはある。止めたい気持ちもある。

 それらを優に超えるほどの、好奇心がある。

 始を見据え、何を言うべきか迷い。そして、彼女は言った。


『改めて依頼するよ。必ず私を殺した人を……切り裂きジャックを、捕まえて』


 彼は。


「わかりました。では、今度こそ……責任をもって、貴女の依頼を受けましょう」


 そう、答えた。

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神様探偵と怪異事件簿 トナカイさん @Akahana3

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