12P あらまし

 さて、聞きたいことを聞きたいだけ話してもらい。

 さらに新たにもらった資料にも目を通しつつ、気になる点について尋ねていく。それを繰り返しながら、伊織の集めた資料の精巧さに息をのむ。

 一塊の個人が調べ上げられる内容量ではなかった。バックとなる人物が多くいると、智樹からは聞いていたが、それでもだ。


 資料を見つつ、改めて、これまで調べた情報を整理する。

 被害者は木島亜理沙を筆頭とした五人と、もう一人。第二の被害者である坂本優。三人目の堂本秋保。四人目の織野木乃美。そして、四宮小春とその父、四宮九郎。

 皆一様に心臓を抉り出されるという形で死体を残されており、全身には数十の刺し傷もあった。死因は当然ながら刺殺である。

 ただし小春の父親のみ、失血死で亡くなっている。彼は腹部を数回刺されていて、それ以外にはジャックによる犯行と思われる要素がない。また、彼以外にも、小春の死体には不可解な点が多くあったという。というのも、小春はほかの四名の同窓生と異なり、死後に刺し傷を追加された形跡があるという。実際の死因は、首元を刺されたことによる失血死。その後の傷は死因とは関係のないものであったことから、判明したという。

 ジャックの事件にかこつけた模倣犯の仕業、というのが線としては高そうな死因だった。しかし、それにしては小春には事件、にかかわる要素が多い。模倣犯に見せかけたジャックの犯行、またはジャックとかかわりのある、しかし事件と関係のない第三者による犯行、か……?

 そこまで考えたとき、コトンとテーブルから音が鳴った。

 伊織が不思議そうに、顔を覗き込んでくる。


「どうかしたの?」

「あ、いえ……ちょっと考え事を。それにしてもよくまとめられてますね、この資料」

「あら、ありがとう。ずいぶん頑張ったのよ。そうね、ざっと八年くらいの分量があるんだけど……」


 その言葉には、ほんの少しの謙遜が見られた。


「確かに一人では集めきれないほどの量です。でも、警察にはない情報もいくつかありますから、これはだいぶ助かります」

「そう。それならよかったわ……」


 ほのかに笑い、紅茶を口に含んで。


「ああ、そうだ」

 

 ふと思い出し、彼女は始に尋ねた。


「貴方は誰に頼まれて、この事件を調べなおしてるの? せっかく資料を提供するのだし、代わりに答えてもらえないかしら」

「あれ、智樹さんから聞いているのでは?」

「それが聞いてないのよね。事件を調べてるやつがいるから付き合ってやってほしいって言われちゃって」


 ため口聞いてるんだなぁなんてぼんやり思いつつ。なるほど、なら「わかりました」

 続けて、始はこれまでの経緯、妹が出会った何者かに殺された幽霊の話。彼女、四宮小春の依頼で、彼女を殺した犯人を捜すため十年前の事件から探りを入れ……そこで小春が切り裂きジャック事件の被害者だと知ったこと。件のジャックがどこに消えたのか、探るために今ここに話を聞きに来ていること。

 そこまで話して、いったん息を置き。


「幽霊ね……それも小春ちゃんの」

「はい」

「じゃあ、亜里沙が準巫女神だったのも、そこで?」

「いえ……小春さんは記憶を失っているみたいで。あまり話は聞けなくてですね」


 だから全部自分で調べているのである。


「そっか。なるほど、あの子がねぇ……なら、彼は力になってくれるかもね」


 彼? というと……

 

「男性の方ですか」

「そ、被害者の子たちとかかわってた男の子」


 それを聞くと、これまた別の関係のこじれがありそうな気がした。そう決めつけるのも無粋だが……


「なんという方ですか?」

「御堂一季君。そうね、私のほうから連絡を取っておくわ。連絡先はあなたにも渡しておくから、きっとすぐ連絡をくれるはずよ」

「はぁ……ん? 彼も事件を調べたりしてるんです?」

「いいえ。でも、今でもこの町に住んでるのよ。だからすぐ手伝ってくれるってことね」


 それならばありがたい。彼女たちに近い人物であれば、伊織の知らないようなことも知っているだろう。


「それじゃあ、連絡をお願いします。僕のほうも後で、コンタクトを取っておきますかね……」


 言いつつ、立ち上がる。そろそろ日も落ちてきた。家に戻って、今日のことをまとめよう。今日だけでかなり、切り裂きジャックの足取りを終えたし、これなら小春の依頼も、すぐに解決できそうだ。

 玄関まで見送りに来た伊織に向き直りつつ、礼をして。


「それじゃあ、ありがとうございました」


 またお願いします、と続け。始は木島邸を後にした。

 敷地内から出て、少し歩くと、道の角に人影が見えた。その姿に溜息を吐きつつ、声をかける。


「智樹さん、何してるんですか」

「お前のこと待ってたんだよ。ずいぶん長く話してるみたいじゃねぇか」


 じろりと智樹をにらみつつ、「別に」と続け。


「また新しい人とコンタクトをとれそうで。そのことで話が長引いたんですよ」

「そ~かい」

「で、智樹さんはなんで待ってたんですか」

「ああ、いや、ちっと報告がしたいってのと、あと」


 彼は己の腹を撫で「ちっと腹が空いたんでな」


「お金払ってください。うちは三人目まで食わせてやれる余裕はないんです」

「そんなこというなよ、せっかく協力してやってんだからさ」

「…………朽名氏のほうに援助頼んだらどうです?」

「無理無理、てかやだ。あいつらに頼るくらいなら死んだほうがまし」


 とんでもないこと言うなこの人。


「……わかりました。用意しますから、一緒に帰りましょう」

「おお! センキュー! やっぱ持つべきものはいとこだなぁ」

「調子がいいったら」


 でもまぁ、彼とのやり取りに悪い気はしない。

 そう思いつつ、彼を連れて、始は帰路に就くのだった。


 この時の始は、すべてに気づいていなかった。この事件の裏に隠れた、ある策謀を。

 四宮小春という少女にまつわる、とある因縁を。


 その因縁は絡み合い、彼の知らぬところで……


 彼女は、木島伊織は命を落とした。

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