11P 被害者宅にて
時間は少し戻って、場面は始の目線に移る。
切り裂きジャック事件被害者の多くは、既にこの町を去っている。殺人鬼が未だにいる可能性のある町だし、そうでなくても自分たちの娘が殺害されたという悲劇から、できる限り逃れたいと思った、というのもあるのだろう。痛ましい事件、それも自分の家族がその標的となったとあらば当然だ。向き合おうと考えつつも、それ以上に、大切なものを失った悲しみによって心を押しつぶされてしまう。そうして、この町から離れていくのだ。それは怪獣の被害とか、それにかこつけた殺人、誘拐事件が多い現在では、半ば一般常識と化したこと。つまり普通であった。
その普通という点から考えると、これから話を聞く女性は、強い心の持ち主なのだろうかと、始は想像する。
始は今、町のとある女性の、家の中に招待されていた。最初、事件の詳細を訪ねようと各所に連絡を取り、すげなく断られる、ということを繰り返していた始は、即日話をしてくれるという人に行き当たった。智樹に連れられ、その人物の邸宅に赴き、そして出会った。
木島伊織、現在丁度五〇に至った、妙齢の女性であった。早速彼女の家に赴き、中に案内され、応接間で待っている。応接間の中は綺麗に整えられていて、始めてくる場所だというのに、居心地がよかった。
先に案内してくれた彼女は、五〇とは思えないほど若々しい方だった。黒い髪には白髪が混じらず、染めている気配もなく。顔にも、しわひとつ見当たらない。美魔女というのはああいうものか、となんとなく感心した。
その若々しさから、彼女の家に行くとしたとき、智樹が言っていたことも真実なのだろうと、思うことができた。
木島伊織は現在、かの切り裂きジャック事件の調査を行う、ただ一人の人間なのだ。調査を手伝えと警察にもよく言っているらしく、半ば迷惑な客扱いを受けている。警察では知りえなかった件の事件の情報の多くも、独自の情報網から得て、警察にわざわざ回しているという。暗に再捜査を行えと迫っているということか。
彼女自身はここらでも有数の地主の娘であったということもあり、人の伝手は多いらしい。その力を十年間、娘を殺した相手を追うのに使っているとは、それほど娘を愛していた、ということか。
と、応接間の扉が開き、木島伊織が現れた。手にしたお盆から、湯飲みと茶菓子をテーブルに置いていく。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
いただきます、と伝えつつ、お茶を口に含む。玉露の苦みと甘みが、口の中に広がる。
(高級な奴だ……ちょっと羨ましいな)
そんなことを思いつつ、始は女性に向き直る。
「では、お話を伺っても?」
「ええ。さぁ、まずは何から話そうかしら」
「では、亜里沙さんと亡くなった方々の関係をお聞きしたいのですが」
「関係ね。同級生……ということではないわよね? 貴方の聞きたいことは」
「……まぁ、そうですね。何かしら別の関連があるのではないかと、思っているので」
木島亜里沙、木島伊織の娘で、事件の最初の被害者。伊織がこの事件を何年も調べているのは、その娘に理由がある。
亜里沙と伊織は非常に仲が良い母子であったらしい。伊織は亜里沙が生まれるころに夫を亡くしているため、たった一人で亜里沙を育てていたのだ。持てる愛情のすべてを彼女に注いでいた。その行先だった愛すべき彼女が、名も知れない殺人鬼に殺されたとあれば……ここまで、狂気的に調べ上げるのだろうか。
その亜里沙と、以後に殺された少女たちは皆、同じ学校の同級生だった。更には同じクラスの同窓生。これは依頼人の幽霊少女、四宮小春も同じだった。
被害者となった五人にはそれ以上の何か、友人やはたまた、何かしらの因縁があったのではないかと、始は考えた。
こういうことは彼女らの家族より同級生などに聞いて回ったほうがいいのだろうが、そちらはまだ連絡が取れていないので保留中だ。
「娘と彼女たちは友人だったわ。とても仲が良くて、家にもよく来ていたから覚えてるわね」
「人数は?」
「娘を入れて五人……そうね、貴方の思うようないじめはなかったと思うけれど?」
「それならよかったです。なら、そうですね……」
そうだ、と小さく声を上げ、始が尋ねる。
「亜里沙さんは巫女神だったそうですね」
「……? あら、なんのことかしら?」
一瞬声に詰まりながら、伊織が言う。
始は資料を一瞥しつつ、続ける。
「出生届には一言も記載はありません。そして彼女たちが何らかの能力を使用したという資料も存在しませんから、断言はできません。ですが、貴女の娘は、巫女神なのではないかと。僕は思っているんです」
「巫女神……ね。そうだったらよかったわ。なんでもいいけれど、力さえあれば殺人鬼からも逃れて今も……」
「……その力が、もし芽生えていた、または芽生えていたが非常に弱く発見されていなかったとしたら……」
始は資料のうち一枚を伊織に見せる。殺害された彼女らの検死と解剖の資料だ。
見せるために持ってきたものなので、写真などは除いてある。
「ここには神核から伸びる根が、彼女たちの体に存在したという記述がありました。物的証拠はもうないですが、全員からその根が発見されているんです」
喋りつつ思う。依頼者の幽霊が本当に巫女神だったという確証をこの調査で得られた。まだ疑念は残るが、ともかく彼女の言はある程度の信頼を置けるものだ。
ちなみに、小春だけが五人の中で唯一、巫女神として届を出され、登録されている。
この登録は専用の検査官によって検査が行われ、それによって神核を持つと認められたときに、本登録が行われる。一定の年齢に達すると、免許ももらえる。これは結以も持っているものだ。
さて、神核を持たない女性も、日本には多くいる。このうち、神核だが非常に小さく能力を発するに満たないため、巫女神ではないとされる者もいる。巫女神と比べれば多く、巫女神ではないものと比べれば少ないそれら。
この準巫女神に、木島亜里沙は区分されるのではないかと、始は考えた。いや、亜里沙だけでなく、残りの三人も。本登録されている四宮小春はもちろん除いて。
これ以上は下種の勘繰りになるのだが……小春と残る四人の関係性は健全なものでなくなっていたのではないか。それこそ伊織の知らぬところで、関係性がいびつに歪んでいたのではないだろうか、と。そんな想像を巡らせる。
一度その想像は打ち切った。それなら関係性は見えてくるが、だれが殺しの動機を得たかがわからない。殺され方は神核の存在する心臓をえぐり取るというやり方だったのだし、そこにも何か理由が存在する気がした。……いや、考えてばかりでは何も見えなくなる。まずは目の前のことを済ませなければ。
「彼女たちは俗にいう準巫女神。このことを、伊織さんがご存じではなかった……わけは、ないと思うのですが」
「……なるほど。ええ、知ってるはず。あの子も、知っていたはず」
「ですよね。なら、なぜ先ほど知らない風を装ったんです?」
ああ、それは。
「誰も知らないのよ、このことは。あの子に私から伝えたとき、誰にも言うなって、くぎを刺されていたから。だから驚いたのもあるし、本当に全部知っているのかも、知りたかったのよね」
「はぁ。つまり試したんですね」
そういうこと、と彼女は笑う。若い、年を感じさせない笑顔だった。
「それじゃ、全部話すわね。私の知っていること。ああ、そうだ。資料も全部持って行ってもらおうかしら」
よそよそしさを感じる態度から一転、彼女はそう朗らかに言った。
なんだか気に入られてしまったらしい。始は少々面喰いつつも、うなづいて答えた。
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