第一章【兎と仲間】
第一話『日常。』
____爽やかな風が頬を撫でる。
ぽかぽかと温かな陽射しに、甘い花の香り。その香りに眠気が誘われる、さっきまでは可愛い弟子と組み手をしていたんだ、それなのにこんないい天気。
眠気を感じるには充分だ。
そうだ、家のベッドで横になろう。干したばかりの、いい匂いのするふかふかの布団。これで昼寝をするのはとっても_____「しぃしょぉぉぉぉぉ!!!!!」
……賑やかなのが来ちゃったなぁ。
__________
森全体に、賑やかな声が響き渡る。
師匠、と呼ばれた女性……いや、男性は、やれやれ、といった様子で、自分を呼んだ白兎の方へ顔を向ける。
「……なぁにー、テイマー。僕今からお昼寝タイムだよ〜?」
テイマー。
そう呼ばれた、以前よりも成長した白兎。
白髪ボブ…だった髪型は、膝裏程まで長く伸びたふわふわのロングヘアーに。零れ落ちそうなほどまん丸い紫色のキラキラと輝く瞳…だったが、以前よりも輝きは薄れた、半分程がまぶたに隠れた瞳。
ぴょこん、と立つウサギの耳は動くたびにゆらゆら、と揺れるのは変わらず。ただ、以前よりもウサギ耳は大きく、長くなっていた。
首元に巻かれた赤く長いマフラーは地面についていた筈が。あの日の姉から貰ったマフラーは、垂れても腰ほど。
白いワンピースを着た、女の子にしか見えない子供…は、今は白いシャツに、黒いズボン。ただ喉仏も無く、見た目だけ見れば女の子に見えなくもない。
ほっぺたを膨らませながら師匠たる男性へと近づいた。
「なぁにー、じゃないよ!!街に行くときに買ってきといてって言ったやつ、買ってきてないじゃん!!」
「…えー?そーだっけ?」
「そーだよ!!今パンケーキ作ろうとしたら牛乳なかったもん!!」
「えーー…あー、ごめんね?このかわいい顔に免じて許して♡」
ぱちん、と手を合わせる…師匠たる男性、ハーシュ。
テイマーと同じくらい長い黒髪をポニーテールにして、とろりととろける蜂蜜色の瞳を細めて笑う。
見た目は華奢、テイマーと同じくこの男も声変わりが来ていないのか喉仏が無く、それにより体格自体をぶかぶかのスカートとシャツで隠して、可愛い女の子にしかもう見えない。
…そんな男を見て、テイマーはため息を吐いた。
「……じゃあ今日はサンドイッチね。お昼寝は許しませーーんっ、ご飯食べないつもりでしょ。」
「そぉんなぁ〜!!!!……ぐすんぐすん、僕はそんな子に育てた覚えないのに…およよ〜…」
「僕は育てられた覚えあるかな〜〜、ほらさっさと下手な泣き真似してないで家に入って!」
…くすっと来るような会話を続ける二人。
テイマーが「復讐」を誓ってから今日は丁度、4年目。つまりテイマーだって、12歳になった。
あれ以来常識やマナー、様々な知識に武器の使い方。人に取り入る方法や、人を"見分ける"方法。復讐だけじゃなくて、終わった後の生活のことも考えて、ハーシュは様々な知識を、スキルを、テイマーへと叩き込んできた。
結果、あのようにテイマーはまるで、母のようになったが。
…その変化が嬉しいやら、悲しいやら。目を細めて笑いながら、怒って家に入ったテイマーを、ハーシュは追う。
____木材の温かみの感じる、ログハウス。
正直これといって特筆するところもない、二人で過ごすには十分な家。
黄色いレースの敷物がされ、中央の花瓶にはタリレムフラワーが活けられたテーブル。椅子を引いてテーブルの前に座れば、コト、と出される、ハムと葉野菜が入ったサンドイッチと蜂蜜のかけられたアルクベリー入りのヨーグルト。
(【アルクベリー】小さくて丸い、あかいベリー!とっても甘くて、小さい子は大好き!!)
(【タリレムフラワー】簡単に言うと小さなひまわり!
高さは一番大きくて10cmくらいしか無いからかなり栽培は難しいけど、人気が高いお花!)
「いただきます。…あ、ねぇテイマー。」
昔行ったことがあるらしい、別の大陸にあるらしい国と同じ食前の挨拶をしたハーシュ。
サンドイッチを口いっぱいにほうばっていたテイマーの方を向きながら、自身もサンドイッチを手に取った。
「僕、また仕事で明日から出掛けるから。んで出かける前に色々、お話することがあるんだよね。」
「ん……おふぁふぁひ?」
「そ、お話。だから明日の朝早く起きてね。夜にお話してもいいけど、多分寝れなくなるから。」
自分もサンドイッチを食べながら、そんな事を話し始めるハーシュ。
テイマーも飲み込めば、こくんと頷いた。
「わかった、明日は早く起きる。」
「ん、良い子。ほら、さっさと食べちゃお。この後は授業ね。」
「はぁー__………師匠。足音する。外、かなり遠いけど森の中進んでる。こっちに来てるよ。」
ご飯を食べる手を止めたテイマー。
ぴょこん、と耳はしっかりと立っている。それは警戒心の現れで、この4年でかなり鍛えられた結果。
テイマーに言われたからか、ハーシュも手を止める。数秒の静止の後、サンドイッチを口に詰め込みながら、席を立つ。
「テイマー、一分で準備。様子見に行くよ、予定変更で気配を消す授業だ。」
「…うへぇ、はーい。」
テイマーも同じように、嫌な顔はしつつもサンドイッチを口に詰め込んで立ち上がり、側にかけていた黒い愛用の上着を引っ張る。
上着の内側には空間魔術をかけている特別製で、テイマーは内側に"手を入れる"。
沈むような感覚があるが、数秒の後テイマーは手に何かを掴んで、引き上げる。
それはベルト。…赤い、血のようなものが入った試験管がぶらさがったそれを、テイマーは腰に巻き付けて。
上着を着れば、テイマーは準備完了。
(【空間魔術】この場合は四次元ボックスみたいな使い方ができるよ!
他にも沢山使い道があって便利!)
ハーシュを見れば同じ様子で、試験管は無いものの、上着を着て家から出る処だった。
テイマーもその後を追いかけながら、耳をピンと立てて、先程の音の相手を探す。
「……こ、っから……5…いや、60mぐらい先の、東から来てる。多分場所的には一昨日に罠を貼ったポイントに近い。人数ははっきりしないけど、多分3人はいる。10人はいないと思うから……5人?そんくらいかな。…いや嘘、待ってわかんない。足音の重なり方がちょっと変。」
「変って言うと?」
「…一人の足音が反響してる。……いや、違うや!多分これ、足音合わせてる。…だからってこのハモリようおかしいけど。多分複数人、それも僕みたいなのを想定して訓練してる人…か、作られた機械だと思うよ。」
「……面倒なのが来ちゃったな。テイマー、僕は木の上からいくから、下から来て。いつも通り僕が先行、僕の後ろをついてきてね。」
「わかった。後…ううん、たぶん相手武装してる。聞いたことがある音してるから…かなり警戒したほうが良いかも。」
「了解。僕は大丈夫だから自分のことを心配してよ、テイマーが傷ついちゃったら僕も悲しいから。」
そう言えば、慣れたように地面を蹴り、走り出す。
この森は二人にとっての庭、何処に何があるか知り尽くしているし、どう行けば良いかもわかっている。
だからテイマーもハーシュも、ぴょんぴょんと跳ねるように。風のように、軽く、素早い動きで森を駆け始める。
______
しばらくの後。ピタッ、と、ハーシュの動きが止まった。
木の上にいるハーシュを見上げながらテイマーもまた止まり、背の高い草の中に隠れつつ、耳を澄ませる。
「___て、__にいる__限ら___ろ」
「_を_じ_」
…若い男の話し声。
テイマーは草に隠れながら、紫色の瞳を向けた。
白兎の夢物語 ソロモン @Soromon72
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。白兎の夢物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます