これが俺の思うモノ

櫻葉月咲

デザインはご想像にお任せします

「さて」


 ばさりと机の上に製図用紙を広げ、ようは顎に手をあてる。


 小学生からの夢だったファッションデザイナーとして、ここ『ヤヨイ・スズキ』で仕事をするようになってから早二年。


 まだまだ新米という部分もあるが、それでもやり甲斐を感じている毎日だった。


「……どうするか」


 ただ、時として壁に当たる事もままある。

 今などが特にそれで、指先はシャーペンをもてあそびつつ、葉は真っ白な製図用紙をただ見つめていた。


 仕事場である事務所の一室には、服を作るにあたってある程度必要なものが揃っており、デザインのヒントとなる書籍類もある。


 なのに葉は作業台でただじっとしており、見兼ねたらしい同僚が手を動かしたまま声を掛けた。


「どうしたんだよ、如月きさらぎ。いつもは来たらすぐ作業するってのに」

久遠くおん……」


 葉はちらりと隣りの作業台でミシンを使っている男を見る。

 久遠は数少ない同性のデザイナーで、時として相談に乗ってくれる事があった。


 歳は葉よりも五つ上だが、可愛らしい顔立ちは葉よりも年下に見える。


「それが出来たら苦労してない」


 ぽつりと葉は呟く。

 本当なら今すぐにでもパターンを書き、今日中に裁断まで行けば明日の作業が楽になる。


 しかし、今回ばかりは肝心なものがまだ出来ていなかった。


「出来が良ければパリコレの衣装になるんだろ……八宵やよいさんがチェックするらしいし」


 葉はカバンからスケッチブックを取り出し、久遠に見えるように広げた。

 真っ白な紙には様々な色が飛び交い、葉の思うデザインがえがかれている。


 ただ、これでは駄目なのだ。

 パリコレクションでは独創的なファッションが好まれ、現代に新しい風を吹かせるであろうものが審査に通りやすい。


 葉のデザインはそれに当てはまっておらず、むしろどこにでもあるものだった。


「……如月は」


 久遠は手を止め、こちらに向き直った。


「考えすぎるところがあるから、もっと柔軟になった方がいいと思うよ」


 少し開けていた窓から吹く風に揺れ、久遠の柔らかな茶髪が踊る。

 口調も普段と違って砕けたものになり、まるで母親のようなそれだ。


 可愛らしい見た目もあってか、久遠は仕事の時とプライベートの言葉を分ける節があり、今は後者として葉に助言してくれているのだ。


 これは俺の持論だけど、と久遠は小さく続けた。


「ストイックだといいものは作れない。……いつも八宵さんが言ってるでしょ」


 やや口角を上げ、久遠が微笑む。

 久遠なりに勇気づけてくれているのが、言葉の端々から伝わってくる。


(当たり前だけど、久遠の方が年上なんだよな)


 こうして諭してくれ、心配してくれる人間は葉の周りにあまりいない。


 あっても表面上の言葉のみで、本心では面倒だと思われている──そう葉は理解していた。


 我ながらひねくれた考えだと思うが、そうなってしまった原因は自分にあるのだから仕方ないとも言えた。


 しかし久遠はいつでも本音で話してくれ、こうして親身になってくれる。

 そもそも葉自身が、同年代とあまり関わらないからだが。


 この性格も変えないとな、と思いつつ葉はカバンを手に取る。


「ありがとう、久遠。資料探しに行ってくる」

「ん、早く戻って来いよー」


 言外に外出してはどうだと言ってくれていたらしく、久遠は笑って送り出してくれた。


 ホワイトボードに『外出中』と書くと葉は事務所を出た。


「寒っ」


 外に出るとまだ春にはほど遠く、どんよりとした曇り空が広がっている。

 冷たい風が顔に当たって痛いが、心はぽかぽかと温かく晴れ渡っていた。


 久遠の言葉に背中を押されたのは何度目だろう。

 ファッション系の高等専門学校を卒業したばかりの去年。


 運が良ければ事務所の名前と共に、自分のデザインした服を使われるかもしれない──そう教えてくれたのは久遠だった。


 さすがに去年の今頃では参加出来なかったが、今年からは少しでも近付きたい。


「……よし、行くか」


 葉はカバンの中にあるスケッチブックを胸に抱き、インスピレーションを湧かせるために歩き出した。

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