パンツァネッラ! パンツァネッラ!! パンツァネッラ!!!
五色ひいらぎ
古いパンでも使いよう
晩餐の後、いつものように厨房へ宮廷料理長ラウルを訪ねると、彼の姿は見えませんでした。ふと見ると机の上に、籠に山盛りのパンが置いてあります。水分が抜け、明らかに古くなっているとわかるものでした。処分対象なのでしょう。
たまには仕事を手伝って差し上げようと、パン籠を持ち出そうとすると、聞き慣れた声がしました。
「おいレナート、何してる」
ラウルが戻ってきていました。手にはたくさんの野菜を抱えています。
「こちらのパン、処分しようとしていたのですが」
「処分すんな。大事な食材だぞ」
「見たところ、だいぶ古くなっていますが。このようなものを国王陛下にお出しするつもりですか?」
「食卓には乗せねえよ。だが賄いには、こいつで十分だ」
持ってきた野菜を並べつつ、ラウルは何かに気付いたように、楽しげに笑いました。
「そうだ、あんたも食べていくか? ラウル特製の賄い
誘われて、断る理由はありませんでした。
◆
たちまちのうちに、大皿に三種の料理が盛られました。賄い飯ができたとラウルが呼ばわれば、料理人たちが集まってきます。彼らに交じり、私も皿の前に立ちました。
「まずは一つ目。野菜だけの基本のパンツァネッラだ。酢とオリーブ油と塩とで和えただけだが、古いパンが見違えてると思うぜ。……味に『見違える』ってのも、言葉が違う気はするんだがな」
皿の上では、ざく切りにされた野菜とパンが無造作に山盛りにされています。
試しにパンを一口つまめば、確かにぱさつきは皆無です。野菜の汁気をたっぷりと吸い、潤いが戻っています。口の中で、野菜の旨味とほのかな酢の香りが絶妙に滲んできます。野菜もいただけば、技巧を凝らした宮廷料理とはまた違う、瑞々しい歯ごたえが楽しめました。
「二つ目。こっちにはアンチョビとケッパーも入れてある。さっきのとは、ちょっと風味が変わってるはずだぜ」
見た目は一皿目とあまり変わりません。ですが確かに、アンチョビの強い塩気と風味が加わって、こくのある味わいになっています。ですが酢のさわやかさも効いていて、濃さに過剰に流れていない。野菜の新鮮な潤いも殺さない、ちょうどよい味加減です。
「そして
これは、前の二皿とはまったく違う見た目です。輪切りのパンの上に、くし切りにしたトマトがぎっしり並べられています。正直、同じ料理と言われれば違和感しかないのですが、食べてみて納得しました。
なるほど、これも確かにパンツァネッラ。
こちらのパンは、あらかじめ酢水に浸してあったようです。トマトと共に噛めば、じんわりと爽やかな刺激が滲み出してきて、トマトの旨味とすぐに合わさります。野菜の風味と支える酸味、これも確かに、同じ系統の取り合わせですね。
「で、どうだ? 捨てようとしてたパンの味は?」
言われて少し、考え込みます。
ごく簡素な料理です。宮廷の食卓へ供するに足る、技巧や繊細さはありません。ですが王の食事だけが、この世で唯一価値あるものではないでしょう。無論、彼の第一の仕事は王宮料理の提供ですが、料理人たちも霞を食べて生きてはいられない。
「悪くはないと思いますよ。たまにはこのような、野趣あふれる料理もいいものです」
「だろ?」
私の言葉に、ラウルは満面の笑みを浮かべました。
「食材は大事にしねえとな! これもまた、民の知恵ってやつだ」
なるほど。
彼はもともと民間の料理人。民衆の味も多く知っているというわけですね。
この世にはまだまだ、私の知らない美味が、多くありそうです。
【了】
パンツァネッラ! パンツァネッラ!! パンツァネッラ!!! 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki
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