【KAC20246】ある一般男子大学生の奮起

千艸(ちぐさ)

気負い過ぎてた僕が悪いんだけどさ

「トリ……なんだっけべ?」


 バスに揺られながら、同期の天野が唐突に聞いてきた。


「とり? 何のこと?」

「あの、災害ん時さ色分げするやづ」

「んー、ああ、トリアージ?」

「そいだ、トリあえず」

「外来語でも訛るのかよ」


 とりあえずトリアージ!ってなんか焦ってるみたいだな。僕はフフッと笑ってしまう。でもきっと、現場は戦場だ。

 秋葉原でデカい事件だか事故が起こったらしい。詳細を教えられる前に僕ら研修医は臨時の路線バスに乗せられた。救急車じゃ間に合わないレベルの、何か。

 バスの中は緊張した白衣の連中でいっぱいだ。

 話を振ってきた天野も、すぐに黙りこくってしまった。

 黙ると、鼓動がうるさい。

 スマホでSNSを見ていた別の同期が声を上げる。


「どうやら、電車事故だってよ」

「あー……それじゃあ下手したら、三桁か」

「キッツ……」

「何でまた……」


 皆沈黙に耐えられなかったらしい。口々にざわつき始めた。


「おいお前ら。情報収集するのは良いが、先入観は持つなよ。大事なのは現場の状況を見て判断することだ。特に雷野らいの、足立、菱川」


 引率責任者のドクターにライノという僕の通称を呼ばれ、顔が強張るのが分かった。


「お前らはガタイが良いから、厳しい仕事が待ってるかもしれん。できることは全部やれ。だが怪我はするなよ」

「はい!」


 つっても、僕別に足立や菱川と違って運動部じゃないんだけどね。まあ、体には恵まれているから、日々の筋トレだけで体力を維持できている。

 大学に入って工学系サークルを選んだから体力は要らないかと思ってたら全然そんなことなかったので、自主的な筋トレを始めた。

 そう、そういうサークルだったから秋葉原には、結構思い入れがあるんだよ。僕のホームって言ってもいい。

 ホント、何してくれやがるんだ、僕の庭で……。


 上野側から中央通りを日曜日には歩行者天国になる辺りまで下ると、既に人の様子がおかしかった。野次馬の量がすごい。


はともたびっくりした……煙さぇら」


 天野が指さした先は、線路の高架。

 黒い煙と、消防のサイレンの音。

 嫌悪感で、眉間にシワが寄る。

 心臓がガツガツと僕を殴る。

 絶対に助ける。取り戻す。

 僕は欲張りな奴だから。


「クリス、顔おっかねな」

「んあ、ごめ」

「医は笑顔だべさ」

「うん……」


 そんな標語初めて聞いたけど……今の僕には効いた。


「トリあえず、頑張ろうな」

「んだ」


 僕は天野と話すついでに、キュッと口許を結んで窓ガラスに向けて笑いかけてみた。

 不敵な表情で、中々カッコよくなった。

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【KAC20246】ある一般男子大学生の奮起 千艸(ちぐさ) @e_chigusa

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