デクリプター
水円 岳
☆
『
トークショーを見に行った帰り、夜道に座り込んでいたずぶ濡れの女を拾った。
何かリクエストがあるなら叶えてやるよと申し出たが、けんもほろろだった。
不自然にあさっての方を向いたまま一言も発しないから、とりつく島もない。
どうしても消えたかったのか、横を向いた女は白いビニール袋になっていた。
エントランスにわずかに残っていた残り香は、雨に砕かれた沈丁花……か。
』
「で、これを
「そう、出どころが部長だから難しくないと思う」
「解除キーだけあればいいんだろ?」
「んだ」
「瞬殺だよ。だけど、いくらアホな部長でもこんなおばかな仕込みをするかなあ」
「俺もそう思ったんだけど、なにせあの部長だろ? これまで武勇伝だらけだからさ。よく上局がクビにしないなあと」
「お、セカンドディール着弾だ。なになに、買い物リスト?」
『豚バラ肉、ダイコン、ニンジン、ジャガイモ、豆腐
イシモチ、セコガニ、カスベ、サワラ、イイダコ
チリトリ、竹箒、ターナー、おたま
豆腐よう、タコライス、ゴーヤチャンプルー、テビチ』
「はあ……やる気なくなるぜ」
「まあな。それにしても、なんでトリだけカタカナなんだ?」
「さあ。キリンやサッポロはメジャーすぎて嫌いってとこだろ」
「どうする?」
「万一、本当にヤバかった場合は俺らが責任取らされる。あの部長のせいで軍法会議にかけられるなんざ末代までの恥だ。一応上局に報告して指示を仰ぐさ」
「救助要請なんて、絶対にありえないと思うけどなー」
「当然だよ。どうしようもなくヤバい事態だったら、こんなくだらない暗号文考えること自体がナンセンスなんだ。誰にも相手してもらえないから暇なんだろ」
「部長を敵国に売り渡すってのは?」
「アレを引き取る国なんかどこにもないと思うぞー」
◇ ◇ ◇
「しかし、君も人望がないんだな」
「有能な上司なんてのは、解けない暗号と同じくらいありえないものさ」
「我々が暗号を解けないと思ったか?」
「いいやあ。ただ、時間を稼ぐことはできるからな」
「ほう?」
「本部連中はとんま揃いだ。単純置換やキーを用いた暗号を旧式だとバカにするくせに、その旧式がすぐ解読できないとコンピューター任せにしようとする。どれほど高性能の解析システムでも、解読キーとアルゴリズムがわからない暗号の解析には人間以上に時間がかかるんだよ。その時間は無駄に見えるが、こうやって利用することも可能なんだ」
「利用だと?」
「最初の暗号文は次の暗号文の解除キーだと誰しもが考える。それは必ずしも過誤ではないが、今回は違う。二本目の暗号文は俺があんたらに連れ出されて出国したという事実報告に過ぎないんだが、本筋を逸れて遠回りした解読者と本部がもたくさする時間を作れるのさ。俺がここに来るまでは、本部に先回りされると困るんだよ。それはともかく、あんたらは本筋のを解読できたのか」
「できていないから、多忙は承知の上で君にわざわざお越しいただいたんだ」
「拷問室に招待ってのは聞いたことがないなあ」
「時間がないんだ。時限装置の解除キーを吐け!」
「なんだ、あんたらもやっぱり阿呆か。なぜわからないかなあ。時限発火装置はダミーだ。解除キーなんか最初からないんだよ。本物はダミーの裏に隠されていて、俺がここに来ることで起動し、カウントダウンが始まる」
「!」
「俺は
「ぐ……」
「着火装置の停止は俺にしかできない。止めて欲しかったら相応の情報と報酬を用意してもらおう。言っておくが、俺の自由意志が消失するか改変された時点で即時着火する。ぶっ飛ぶのが嫌なら、俺の要求を飲むか三十分以内に解除キーを探り当てるんだな」
キー:48256A25222428243A24
【 了 】
デクリプター 水円 岳 @mizomer
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